胃癌の治療

1.胃癌の現状

胃癌は、かつて本邦では罹患率、死亡率ともに1位の癌種でしたが、近年減少傾向にあります。これは原因とされるヘリコバクターピロリ感染率の低下や健診に伴う早期発見・早期治療が奏功しているためと考えられています。しかし現在でも胃癌の罹患数、死亡数はともに癌患者の第3位と高く、2020年の癌死亡患者の11.2%(42,319人)が胃癌で亡くなっています1)

2.胃癌の治療

胃癌の治療方針は深達度、転移による進行度に基づき決定されます(図1)2)。治療は内視鏡的治療、手術治療、化学療法の3つに大別されます。

図1:進行度分類(病理分類)(胃癌取り扱い規約第15版)

進行度分類(病理分類)(胃癌取り扱い規約第15版)
内視鏡的治療

分化型の肉眼的粘膜内癌(潰瘍がある場合は3cm以下)、3cm以下の分化型の粘膜下層癌、2cm以下の未分化の肉眼的粘膜内癌に対して消化器内視鏡医が行います。病理検査の結果、適応外因子が認められた場合は外科切除が選択されます。

手術治療

内視鏡的切除適応外病変で、明らかな遠隔転移がないものが対象となります。以前は開腹手術が標準的に行われてきましたが、1991年に世界に先駆けて本邦で腹腔鏡下手術が導入され、現在では開腹手術と同様に早期胃癌の標準手術となっており、当科でも積極的に行っております(図2)。また進行胃癌に対しても2022年に多施設の前向き比較試験(JLSSG0901,当科も参加)の結果、開腹手術に対する非劣性が示されました。

図2:腹腔鏡下幽門側胃切除術

腹腔鏡下幽門側胃切除術

手術治療は2/3以上の胃切除とリンパ節郭清術(D2と呼ばれる領域)が定型手術とされていますが、近年では根治性だけでなく術後の生活の質の向上のために胃の機能温存も重要なポイントとされています。とくに高齢者は術後に骨格筋量の低下を認めることが多く(サルコペニアといいます。)、その重要性が増しています。当科では術前に十分な栄養評価(体組成検査、CONUT評価、G8など)を行い、噴門、幽門機能の温存術式を積極的に取り入れています(図3)。さらに高齢者に対してサルコペニアを予防するため腹腔鏡手術と内視鏡治療を融合した腹腔鏡内視鏡合同手術(LECS)を、十分に適応を検討したうえで行っています(図4)

図3:機能温存術式

機能温存術式

図4:高齢者胃癌に対する腹腔鏡内視鏡合同手術(LECS)(CLEAN-NET)

高齢者胃癌に対する腹腔鏡内視鏡合同手術(LECS)(CLEAN-NET)
化学療法(抗癌剤治療)

胃癌に対する化学療法は①周術期化学療法(術前、術後補助化学療法)、②切除不能・再発癌に対する化学療法に分別されます。①は根治性の向上、②は腫瘍制御を目指した治療といえます。術後補助化学療法は、ステージII期では内服(S-1)、ステージ III期ではDS(ドセタキセル、S-1併用療法)やXELOX(カペシタビン、オキサリプラチン併用療法)が主に行われています。

切除不能・再発癌では、フッ化ピリミジン系抗癌剤(S-1,カペシタビン)、プラチナ系製剤(シスプラチン、オキサリプラチン)に、近年では免疫チェックポイント阻害剤と呼ばれる薬剤を追加したものが一次治療として行われます。二次治療はパクリタキセルと分子標的薬(ラムシルマブ)が主に用いられます。また胃癌の15―20%にHER2蛋白と呼ばれる特異的な蛋白の過剰発現を認めることが知られており、そのような症例ではハーセプチンやトラスツズマブ デルクステカンの抗癌剤が奏功することが知られています2)。

3.“あきらめない”治療を目指して

我々は、“切除不能”と呼ばれる症例においても可能な限り根治を目指しています。抗癌剤治療の進歩により腫瘍制御率は向上してきましたが、依然として抗癌剤だけでは根治に至らない症例が数多く存在し、一方で抗癌剤治療後に根治切除が可能となった症例で、根治手術が予後の改善に寄与することが知られています。このような手術を「コンバージョン手術」といいます。

コンバージョン手術で重要なことは、適切な抗癌剤選択と手術のタイミングです。やみくもな手術介入はその後の治療の継続の妨げになり、結果的に予後を縮めてしまうことになりかねません。我々は抗癌剤治療に精通した外科医師が治療を担当することで、適切な時期に速やかな手術介入を行うことができます。

また我々は胃癌に特徴的な腹膜播種に対してもコンバージョン手術の可能性を念頭に治療を行っています。腹膜播種は非治癒因子の中でも特に予後が不良です。当科では腹膜播種に特化した「腹腔内化学療法(IP療法)」を治療の選択肢として提示できるように環境を整備し、長期間の腫瘍制御のみならず、コンバージョン手術に至った症例も経験しております(図5)。ただし、この治療は保険診療で実施できませんので、ご希望の患者さんに対してのみ自由診療で提供させて頂くことになります。

図5:腹腔内化学療法(IP療法)

腹腔内化学療法(IP療法)

(参照)
1.国立がん研究センター がん情報サービス https://ganjoho.jp/reg_stat/
2.胃癌治療ガイドライン第6版、日本胃癌学会、東京、2021