研究

アルコール脱水素酵素の臓器障害発症への関与

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酒類の主成分であるアルコール(エタノール)は、時に深刻な医療・社会問題を引き起こします。全世界では、アルコールに関連する健康被害により年間約330万人が命を落としており、日本においても社会的な影響は無視できません。実際に、法医解剖の約30~40%のご遺体から、血液または尿中にエタノールが検出されています。

エタノールは主に肝臓で代謝され、その初期段階ではアルコール脱水素酵素(ADH)によってアセトアルデヒドへと酸化されます。ADHには複数のアイソザイムが存在しますが、その中でもclass III アルコール脱水素酵素(Adh5)は、高濃度の血中アルコール下での代謝に重要な役割を担っていると考えられています。

Adh5はほとんどすべての哺乳類の組織に広く分布し、エタノール代謝だけでなく、S-ニトロソグルタチオン(GSNO)の還元にも関与しています。GSNOは一酸化窒素(NO)関連の細胞内シグナルに関係しており、Adh5の活性変化が生体機能に与える影響は、近年注目されています。

しかしながら、慢性的な飲酒がGSNO活性に及ぼす影響や、それが臓器障害にどう関与するかについては未解明な部分も多く、私たちはこの点に注目して研究を進めています。現在、日本学術振興会(JSPS)の科研費(#16K09223、#19H04038、#20K09512)の助成を受け、アルコール性肝疾患、アルコール性骨粗鬆症、アルコール関連突然死などの病態メカニズムの解明に取り組んでいます。

ナノポアシークエンサーによる新しいDNA鑑定技術の開発

法医鑑定の重要な実務のひとつに「個人識別」があります。その中でも、DNA鑑定は極めて信頼性の高い方法として広く用いられています。しかし、現在主流のDNA鑑定では、劣化により断片化したDNAや、複数人のDNAが混在した混合試料の解析には限界があります。

私たちは、こうした課題を解決する手段として、革新的な「ナノポアシークエンサー」に注目しています。この技術は、繰り返し配列であるSTR(Short Tandem Repeat)を正確に読み取ることができ、さらにミトコンドリアDNA(mtDNA)の全塩基配列の解読も可能です。ナノポアシークエンサーを活用することで、これまで識別が困難であった劣化DNAや混合DNA試料においても、より高精度な個人識別が可能となります。これにより、複雑な鑑定事例に対するDNA解析の信頼性が飛躍的に向上すると期待されます。

本研究は、犯罪捜査や飛行機事故・大規模災害における身元確認、さらには遺骨鑑定や民事事件における親子鑑定など、さまざまな場面での個人識別に貢献すると予測されます。この研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(#21K19675、#25K13663)の助成を受けて実施されています。

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法医解剖事例の疫学的研究

法医解剖によって得られた知見を社会に還元するための疫学的な研究として、これまで診療関連死や、労働災害死事例について事例集積による分析を行っています。診療関連死事例については、転倒・誤嚥事故など医療・介護施設の管理責任が問われる事例の増加、非刑事事件化等の傾向が見出されましたが、法的制限の中、医療の質の評価や事故再発予防施策に資するための情報開示の方法が依然課題であり、解剖の情報が事案の解決、法的処遇に与えた影響等についても調査予定です。この研究は、JSPS科研費助成金(#19K193800)によって支援されています。
労働災害死事例については、高齢労働者の割合が他先進国と比して多いこと、外国人労働者の割合が他の法医解剖事例に比べ有意に多く事故の種類にも一定の傾向があることなどが見出され、本邦で増加傾向にあるこれらの労働者層の特性に配慮した安全施策が必要であることが示されました。
また本来、こうした課題には全国レベルの検証が必要であり、それには本邦では未整備である異状死データベースが不可欠です。このようなデータベース構築、蒐集すべき情報・記載および入力法の標準化の方法を確立すべく、死因究明において先進的な制度を持つ諸外国の法医学施設の視察・情報交換による比較研究も進めています。

薬毒物によって誘導される細胞障害機構の解明

法医鑑定において、薬毒物などによる中毒を研究することは、死因の特定、事件の真相を解明するうえで、極めて重要な役割を果たします。
そのため私たちは、抗精神病薬やてんかん薬などの処方薬、覚せい剤やコカインなどの違法薬物などを過剰に摂取した際に引き起こされる細胞障害機構を解明するために、生化学的、分子生物学的、分析化学的手法を用いて研究を行っています。特にゲノミクス、トランスクリプトミクス、プロテオミクス、メタボロミクスといった複数のオミクスデータを統合的に解析するトランスオミクス解析により細胞毒性機序をより多角的に解析し、各薬物中毒特異的なマーカー因子を特定することを目指しています。加えてこれら特異的マーカー因子を法医鑑定に役立たせることを目標としています。
この研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(#16K09202、#19K10682、#22K10605)の助成を受けて実施されています。

日本大学医学部社会医学系法医学分野
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