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医局のご紹介

教授紹介

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スイス、サンモリッツ(St. Moritz)スキー場にて友人と

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エルサレムでの学会途中で立ち寄った死海にて

ジュネーブ留学記

1998年4月よりスイス、ジュネーブ大学のDivision de Biochimie Clinique et Diabetologie Experimentale に留学いたしました。

ジュネーブは国連をはじめ国際機関が数多く、知名度は世界有数ですが、町自体は非常に小さな都市です。レマン湖畔の中心街は、近代的都市と豊かな自然が美しく調和し賑やかな街ですが、10分も車を走らせれば、広大なアルプスの麓の気持ちよい丘陵となります。街の美観を保つために、ジュネーブでは洗濯物を屋外に干す事が法律で禁じられているため、立ち並ぶアパートメントのバルコニーは、草花であふれています。夏は、東京のように気温30度を超えるような日は2、3日あるかないかで快適というか、少しものたりないぐらいで、冬は想像していたほど寒くなく、乾燥した日本の冬に比べ過ごしやすく、広く良質のゲレンデには30分で到着します。

ジュネーブ大学医学部は、糖尿病特にインスリン分泌機構研究の世界の中心の一つで、小さなグループを数えれば、10個近いグループが独立に研究を行っており、膵ランゲルハンス島のcell biology(細胞生物学)、morphology(形態学)、developmental biology(発生生物学)、electrophysiology(電気生理学)、molecular biology(分子生物学)をカバーしています。おかげで、専門外のことであってもほかの階へ行けば誰かが知っている、持っているという非常に便利な環境です。また大学病院では、移植医療も盛んで、目の前の病院の屋上には頻繁に移植用の臓器がヘリコプターで運ばれてきます。膵島あるいは膵臓移植も行われており、ヒト膵臓も比較的容易に実験に用いることができます。

私の所属する教室では7人のポスドクと大学院生2人が、結構ゆったりと研究を行う事が出来ました。それぞれ違う分野で卒業研究やポスドクをこなしてきた人々で、お互い知らないことを教えあいながら、研究を進めていくのは、有益であり、また楽しいものでした。ボスのClaes B. Wollheimは、網膜疾患のため強度の弱視でしたが、その分超人的な記憶力の持ち主で、莫大な文献上の知識と経験をもとに、研究上のさまざまなアドバイスを与えてくれました。さらに持ち前の社交的人柄からくる特殊なコネクションによって、数多くの最新の情報をもたらしてくれました。

スイスは製薬業が盛んなためか、テクニシャン養成専門学校があり、その卒業生をある程度大学で雇わないといけないらしく、この教室にも7人のテクニシャンがいました。専門のテクニシャンなのでプライドも高く、おかしなプロトコルを渡したりするとたちまち馬鹿にされます。

またボスのClaesのところには、週1本程度の割合で投稿された原稿の論評の依頼がきますが、我々シニアポスドクのところへ月に一回直接関係しそうな分野のものが、下書きとして回されました。これに大雑把なコメントをし、Claesの意見とつきあわせて、論評をまとめるのも、非常に勉強になります。日本からの原稿もよく送られてきますが、Claesに「お前の論文もいくつかはねつけたことがある」といわれた瞬間、「あ、あのコメントはこの人のものだったんだなー」と苦い思いをいたしました。

こんな中で、臨床活動を離れ100%基礎研究の日々を4年間過ごしましたが、こちらへきてから、幹細胞を用いた研究が世界中で沸騰し初め、human genomeシークエンスの解読が終了し、medical scienceが新たな時代を迎えたことを誰もが感じておりました。留学中は、その後の10〜20年でmedical scienceがどのような展開を見せるのか想像すると楽しく感じておりました。どのような形にせよここで学んだことを活かし、これからのmedical scienceのあり方を留学中後も見続けたいと思っております。

石原 寿光