インタビュー

山口 賢 医師

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根治不可能な糖尿病の,新しい治療開発を目指す。

インタビュー 山口 賢(やまぐち すぐる)
糖尿病・代謝内科
2001年,東北大学医学部卒業,東北大学病院をへて,2011年から板橋病院に勤務。
日本内科学会認定内科医 日本糖尿病学会糖尿病専門医 助教

痛みのシグナルがない「糖尿病」を知ることが,治療の第一歩です。

糖尿病を放っておくと失明したり,生涯,人工透析が欠かせなくなったり,さらには足の切断を余儀なくされてしまう場合があることを,知っていますか? 糖尿病の怖さは,このような合併症であり,初期に自覚症状がないことです。症状がないのに徐々に進行し,気づいたときには合併症で大変なことになってしまう。そして,糖尿病を根本的に治すことは出来ない。だから病気をよく知って,コントロールして行くことが重要なのです。

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現在の糖尿病治療の最終目的は,「糖尿病のない人と変わらない生活の質を維持すること」です。治療を開始するにあたって,患者さんに納得してもらえるよう,合併症や血糖コントロール,病気について充分に説明し,理解していただきます。生涯にわたり治療を続けていくのは,患者さん本人です。私は,患者さんに自分の病気の状態をよく理解していただき,治療を行ってもらいたいと考えています。

私は長いスパンで患者さんと向き合える糖尿病治療にやりがいを感じ,この分野に足を踏み入れました。患者さんは,病院や医者とあまり長くつき合いたいと思わないでしょうが,より良い生活を送っていくため,私たちと向き合いながらいっしょに治療を続けてほしいと思います。

ここ数十年で,糖尿病の患者数は急速に増えてきました。いま日本での患者数は200万人で,糖尿病が強く疑われる方も含めると,800万人以上と推定されています。40歳以上の3人に1人は軽症とはいえ,糖尿病があると言われています。これは,食生活や運動不足が一因です。戦前の質素な食事と違って,いまや飽食の時代です。肉類やバターなどの乳製品,動物性脂肪を多くとるようになったし,すぐ近くにも車を使ったりと,歩くことも少なくなりました。日本だけでなく,世界中の国で糖尿病患者は増え続けています。もしかしたら,あなたも糖尿病予備軍になるかもしれません。

糖尿病が恐ろしい病気といわれる理由とは?

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まず,糖尿病のメカニズムについて説明しましょう。私たちが体を動かすエネルギー源に,ブドウ糖があります。血液によって体中の細胞に運ばれ,筋肉や臓器で使われます。血液中のブドウ糖の濃度,これを血糖値と言いますが,高すぎても低すぎてもいけません。健康な人の場合,血糖値が上がれば自然と血糖値を下げるホルモンが体内から分泌され,また,下がれば上げるホルモンが分泌されて,バランスが保たれています。この血糖値を下げるホルモンが,膵臓のβ細胞から分泌されるインスリンです。しかし糖尿病になると,β細胞の働きが衰えてインスリンの分泌量が減ってしまいます。そのためブドウ糖は,必要以上に血液中にあふれてしまう。いわば血管の中をドロドロとした砂糖水が流れている状態で,血管がぼろぼろになってしまうのです。

糖尿病の進行に伴って高血糖が慢性的に続くと,血管をはじめとする臓器に障害が起こります。毛細血管はもろく早いうちから影響が出ます。とくに,網膜には毛細血管が集中しているので,血管が詰まって目がかすんできたり,ひどくなると失明してしまうこともあります。腎臓の場合は,尿を作る糸球体の毛細血管が悪くなり,人工透析が必要になることもあります。また末梢神経に血液がいかなくなるので,神経障害の症状も起こします。手や足先のしびれ,痛みや熱に対する感覚が鈍くなり,重症化すると壊疽に至ることもあります。これらが,糖尿病の三大合併症(糖尿病性網膜症・糖尿病性腎症・糖尿病性神経障害)といわれるものです。でも,糖尿病になったら必ず三大合併症を発症するわけではありません。早期に発見して治療を始めれば,進行がくいとめられ合併症の危険も少なくなるのです。

早期発見には,定期的な検診が大きな手がかりになります。検診を受ける機会が少ない主婦や若い方なども,ご自分から積極的に受けてほしいですね。最初にお話ししましたが,糖尿病は初期段階では症状がありません。長期間,検診を受けずに「目が見えにくくなった。足の裏の感覚がおかしい…」と,症状が出て初めて受診される方は,どうしても合併症が進んでいる場合が多いのです。あるいは,検診で糖尿病と診断されても,「症状がないから大丈夫だ」と放置するのも危険です。数年単位で合併症が出てきます。健診で微妙な数値が出た場合は,境界型(糖尿病の手前)かを判断する検査もあります。糖尿病予防としても,定期的な検診は必ず受けてほしいものです。

食事,運動,薬物療法が軸。治療に有効な新薬も導入していきます。

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糖尿病のタイプは大きく分けて2つあります。1型糖尿病は,インスリンを出す膵臓のβ細胞が急激に壊れてしまい,短期間で糖尿病の症状が出始めます。原因は不明で,子供や若い人に多いのが特徴です。2型糖尿病は,食生活や運動不足と関係して,β細胞からインスリンを出す力が衰えて発症するもので,症状はゆっくり進行していきます。日本人の場合,90%以上は,この2型糖尿病です。

では,糖尿病になってしまったらどうすればいいのか。「血糖コントロール」をして,血糖値をできるだけ正常な数値に近づける治療をします。2型糖尿病の早期ならば食事療法と運動療法です。進行した場合は薬物療法が必要になり,この3つの療法を柱として合併症を予防し,進行を防いでいきます。「食べることが楽しみなのに,食べられないなんて…」と,悲観する方もいます。しかしながら,糖尿病の食事療法の基本は栄養バランスの良い食事を,1日3回きっちりとることにあります。ただし,余分なカロリーはとらない。患者さんの病気の状態に合わせて私たちが1日のカロリーを指示しますので,必ず守ってください。とはいえ,冠婚葬祭や,友人や会社とのつき合いもあるでしょう。ときには限度を超えない程度で,息抜きが必要かもしれません。慢性的な高血糖が合併症を進めますから,普段の生活できちんとコントロールしていれば一時的に高くなっても大きな障害はありません。それからストレスも敵です。食事以外に,スポーツや音楽や芸術などストレスを発散できる,自分の楽しみを見つけてください。

運動療法は,インスリン抵抗性と言われる,インスリンが効きにくい状態を改善させたり,血液中のブドウ糖をエネルギーとして使ったりして,血糖値を下げるものです。これも患者さんに合った運動メニューを,私たちが指導していきます。といっても,特別な体操やスポーツではなく適度な運動で大丈夫。具体的には歩くことや軽いジョギング,ストレッチなど手軽で長続きするものですね。食事療法は病人食でなく健康食なので,ご家族いっしょにメニューを楽しめる。運動療法にしても,生活習慣予防に夫婦でウォーキングもいいでしょう。今や若い方も,将来糖尿病にならないために,食事や運動不足に気をつけている時代ですから。

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この2つの治療法で,血糖コントロールがうまくいかない方もいらっしゃいます。その場合血糖値を下げる飲み薬や,インスリンを注射するインスリン療法を行います。1型糖尿病の患者さんは,体内でインスリンを作り出すことができないので,インスリン注射は絶対に必要ですが,2型糖尿病の患者さんにも早期からインスリンを使うことで,血糖をコントロールし,β細胞の疲弊をゆるやかにするという考え方も最近になって出てきました。注射は病院でなく,患者さんが自分でします。ペン型注射器で持ち運びが手軽,細い針で腹部の脂肪をつまんで打つので痛みもほとんどありません。もちろん,注射方法の指導をしっかり受けたうえで使用していただきます。

最近注目されている新薬に,2型糖尿病に対するインクレチン関連薬があります。インクレチンとは食事をすると消化管から分泌されるホルモンで,血糖値が高いときだけ膵臓からインスリン分泌を促進する作用があります。この薬は,体内のインクレチンを増やすことでインスリンの分泌を促進し,血糖値を改善させるもので,飲み薬と注射薬があります。インクレチン関連薬のメリットは,患者さんの血糖値に応じて効果を現すので低血糖の危険性が少ない事です。膵臓を守りながらインスリンを出させる,1日1回の内服や注射で効果が期待できることから,患者さんの負担も軽くなり,ここ1~2年で需要が増えてきました。

人をみる診療と,根治を目指す研究で,大学病院としての使命を果たす。

完治のない糖尿病にも,地道な研究データの積み重ねで新しい医療を拓こうとしています。板橋病院は大学病院という特性を生かして,基礎研究や臨床研究も進められてきました。当科の石原教授は,β細胞のインスリン分泌研究における第一人者です。教授のもと,2型糖尿病においてなぜ膵臓のβ細胞が壊れていくのか,β細胞でのインスリン分泌の低下は,どのような機序で起こるのか解明が進められています。最近,糖尿病を発症する段階で既に,インスリンを出すβ細胞が約半分程度に減少していることがわかってきました。ならば細胞内のストレスに注目して,β細胞の減りを止められないのか?発症メカニズムを解明すれば,根本的な治療につながるはずです。並行して,医局をあげての臨床研究プロジェクトも進められています。

診療にも,糖尿病・代謝内科ならではの奥深さや,やりがいがあります。例えば骨折やケガの場合は治療で完治し,医師は「はい,治りましたよ」と患者さんに言えますが,糖尿病はそうはいきません。ずっとつき合っていく病気ですから,患者さんは常に不安を抱えているし,ときには治療を投げ出したくなることもあるでしょう。だから,患者さんの心情や生活環境や習慣など,全体像を捉えなければならない。私にとって糖尿病とは,病気だけでなく人をみる仕事でもあるのです。そして,研究にも醍醐味がある。この点が,やりがいにつながっている気がします

医療は日々進歩し,これまで治らなかった病気にも治せるものが出てきています。新たな糖尿病医学を切り開いていくのも,大学病院の役割と考えます。一人でも多くの患者さんにフィードバックできる最新の医療を,私たちは目指しています。

(2011年11月9日 取材)

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