インタビュー

高橋 悟 医師

泌尿器科のページへ

内科と外科を組み合わせながら,患者さんにとって最適な治療をめざす。

インタビュー 高橋 悟(たかはし さとる)
板橋病院 副病院長 泌尿器科部長
1985年,群馬大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院,国家公務員共済連合会虎ノ門病院,都立駒込病院,米国メイヨークリニック勤務。帰国後,東京大学医学部助教授を経て,2005年より日本大学医学部附属板橋病院にて現職。
日本泌尿器科学会専門医・指導医
日本大学医学部泌尿器科学分野 主任教授

1960年代に日本で放映されて高視聴率を記録した,米国のテレビドラマ「ベン・ケーシー」。青年医師の活躍を描いたこのドラマを,一人の少年が夢中になって見ていました。現在,板橋病院で泌尿器科部長を務める高橋悟医師です。

高橋医師は,脳外科医ベン・ケーシーに憧れてドクターを志した初心を貫き,大学医学部を卒業した後,脳外科の研修医に就きました。しかし2年後に泌尿器科へ転向します。その理由をこう語ります。

「泌尿器の臓器はそれぞれ異なる性質をもっています。各臓器の症状に合わせて内科と外科を組み合わせて治療を行うバランス感覚と柔軟な発想力,そして患者さんとの高いコミュニケーション能力,新しい治療法をはじめ幅広い知識を学ぶ意欲が必要とされる医師像に惹かれたのです」

インタビュー

その後,日本と米国の病院において泌尿器科の診療の経験を積み重ねていき,2003年には天皇陛下の前立腺がん手術を担当する医療チームの一員に加わるまでになります。ベン・ケーシーとは専門が異なるものの,国内有数の信頼の厚いドクターになっていきました。

泌尿器科のドクターの誇りについて尋ねると,つぎのようなお答えがありました。

「泌尿器科は,患者さんの価値観で治療法を選択できる疾患を多く扱います。つまり,患者さんとともに治療を行うことがこれほど大事な診療科はないと思います。私は大切な家族を診るように,一人ひとりの患者さんに向き合っています。それが私の誇りです」

高橋医師に,板橋病院泌尿器科での診療について語っていただきました。

たくさんの方々が悩んでいる「過活動膀胱」。しかし,受診される方はひと握りです。

日本は世界に類を見ない超高齢化社会に突入しています。それにともない,排尿のトラブルを抱える方が高齢者を中心に多くなってきました。

なかでももっとも多くみられるのが「過活動膀胱」です。急にトイレに行きたくなって我慢できなかったり,日中に8回以上トイレに行ったり,夜中に必ずトイレで起きるためよく眠れなかったり,突然の強い尿意におそわれ尿がもれるなどの症状です。膀胱が縮んだり過敏になるなど異常な働きをするため,尿が十分にたまっていないのに突然尿意を感じてしまいます。

この過活動膀胱の患者さんは日本に約810万人もいるといわれますが,このうち受診しているのはわずか約20%,女性に限ると約10%しかいません。「歳をとったからトイレが近くなったのは仕方ない」とあきらめてしまっている方や,泌尿器科は恥ずかしいという意識をもつ方が多く,なかなか受診されていないようです。しかし過活動膀胱はれっきとした病気ですし,ほかの病気が原因になっている可能性もあります。一人で悩まずに,早めに医師に相談されることをおすすめします。

高齢の男性に多い「前立腺肥大症」。薬物療法や内視鏡手術などで対処します。

インタビュー

過活動膀胱の原因として,高齢の男性でもっとも多いのは「前立腺肥大症」です。膀胱の下にある前立腺が肥大化して,尿道を圧迫し排尿障害を引き起こす病気です。年々,患者さんが増え続けており,現在では55歳以上の男性の5人に1人がかかっているといわれます。

前立腺肥大症の治療は,患者さんの状態によって様々な方法があります。さほど重症でなければまずは薬物療法を行います。副作用の少ない植物エキスなどの生薬を処方したり,自律神経の過剰な命令により緊張した前立腺や尿道の筋肉を弛緩させるαアドレナリン遮断薬,男性ホルモンの働きを弱めて前立腺細胞の増殖をおさえる5α還元酵素阻害薬や抗男性ホルモン薬などの薬を用い,経過をみます。

もし薬物療法では十分な改善がみられない場合,経尿道的前立腺核出術(TUEB)と呼ばれる内視鏡手術を検討します。この手術は麻酔をしたうえで,尿道に直径1cm以下の内視鏡を挿入し,電気メスで肥大化した前立腺をくり抜きます。お腹を切る手術ではないため身体への負担が少なくてすみ,入院期間も3~7日間と短期間であること,かなり肥大化した前立腺の治療も可能なこと,そして排尿障害の根本治療ができることがメリットです。

それぞれの治療法の長所や短所をご説明したうえで,患者さんと相談しながら最適な方法を選んでいきます。

いまでは治療法が数多くある「前立腺がん」。一人ひとりにとって最適な治療を行います。

インタビュー

尿のトラブルの原因が「前立腺がん」である可能性もあります。前立腺がんは米国では皮膚がんを除けばもっとも発生率の高いがんで,最近,日本でも食生活の欧米化などにより,患者数が急速な勢いで増えています。前立腺の外側に発症するため,はじめの頃は尿のトラブルが起きないせいで自覚症状があらわれにくく,症状を自覚したときにはすでにがんが進行しているケースが多くみられます。早期発見のためには,定期的に血液検査によるPSA検査を受けることが必須です。

「50歳を過ぎたら,5年の節目ごとにPSA検査を受けてください!」と私は多くの方に呼びかけています。PSA(前立腺特異抗原)とは前立腺から分泌される物質で,通常,血液中に流れ出ることはないのですが,前立腺の疾病により浸出して検査に反応するようになります。近年,米国ではこの検査が徹底されたおかげで,前立腺がんの死亡率が大きく低下しています。私も板橋病院に赴任後,地元の板橋区に無料でPSA検査が受けられるよう働きかけて,これを実現しました。対象は55歳・60歳・65歳・70歳・75歳の区民で,年間約2,000人がPSA検査を受けて前立腺がんの早期発見に役立てています。住民検診や職場の健康診断,人間ドックなどでも受けらますので,皆さんもぜひPSA検診を定期的に行ってください。

さて,治療に関してですが,私は前立腺がんが見つかった患者さんに,よくこう言っています。「もし神様にがんを一つ選ばないといけないと言われたら,どうしますか?  私なら前立腺がんを選びますよ」と。なぜなら,他のがんと比べて病期が長く進行もゆっくりであることが多いうえに,多様な治療法があり対処する道が数多くあるからです。

インタビュー

まずは内分泌療法ですが,現在ではホルモン剤の開発がとても進んでいます。男性ホルモンの分泌をおさえ,がんの縮小をはかる注射(LH-RHアナログ)などを使うのが有効です。

またがんの転移がみられない場合は,腹腔鏡という内視鏡を使い,前立腺の摘出を検討します。具体的には下腹部に約5cmの小切開をおき,腹腔鏡補助下にこの小さな創から,身体の外から手術用具を操作して摘出を行う手術です。通常の開腹手術に比べ,術後の傷が小さく入院期間も短くてすみます。腹腔鏡下手術は熟練の技術が必要ですが,板橋病院では泌尿器腹腔鏡技術認定を取得したベテランの医師が手術を担当するので安心です。現在4名の認定医がおります。

さらに,放射線療法として小線源治療が有効です。これは前立腺内に約5mmほどの小さなカプセル状線源を50~100個程度埋め込むことで,内部から放射線を照射してがんを治療する方法です。周囲の膀胱や直腸などへの影響や後遺症が少なく,入院期間も3泊4日程度と短期間ですみます。

当科では,患者さんの症状に合わせて,これらの内科的処置と外科的処置の最適な組み合わせを考え,充分に納得して頂いたうえで治療をおこなっていきます。

「精巣腫瘍」「ED」をはじめとする男性生殖器の病気の治療も行います。

泌尿器科では,尿路とともに男性生殖器に関係する病気も扱います。そのなかには,精子をつくる精巣に悪性腫瘍ができる「精巣腫瘍」があります。通常は痛みをともなわずに精巣がはれてくることで発見され,発生頻度は10万人に2~3人,発生年齢は1~2歳と20歳~40歳がピークです。また血液疾患である悪性リンパ腫の場合,中高年に生じることもあります。患者さんは働き盛りの年齢が多いことや,羞恥心からかなり進行した状態で来院するケースが少なくありません。早期発見がポイントですので,できる限り早い受診をおすすめします。

さらに「ED」の診療や治療も行っています。EDとは陰茎の勃起不全のことで,満足に性交が行えない状態のこと。原因はストレスなどの心理的な要因のほかに,糖尿病や高血圧症などの生活習慣病から起きることもあります。治療としては,内服薬の処方を行います。この薬は陰茎の血管拡張を起こす化学物質の分解を阻害することで,身体の信号伝達経路に作用し,勃起を自然に起こすことができます。

なお,前立腺がんの手術でもEDになる可能性はあります。ただし,内視鏡を用いた手術なら,病気の進行具合にもよりますが,勃起神経を温存することが可能です。EDに関しても,患者さんの希望をよく聞いた上で,処方をするよう心がけています。

女性に特有の「腹圧性尿失禁」から,多くの方を解放したいと願っています。

インタビュー インタビュー

女性の場合の尿のトラブルについてもお話ししましょう。日本人の40歳以上の女性のおよそ3人に1人が腹圧性尿失禁を経験しているといわれます。これは咳やくしゃみをしたり,重い物を持ち上げたとき,スポーツをしたときなどにお腹に強く力が入って尿がもれる症状です。尿道を締める骨盤底筋が緩むことにより,尿失禁が起こりやすくなるのです。原因は,出産や加齢,女性ホルモンの低下などによるものだと考えられます。さらに症状が進むと,膀胱や子宮,直腸などが膣から飛び出してくる骨盤臓器脱が起きます。

治療法として,日常生活の中で尿道・肛門・膣を締めたり緩めたりする骨盤底筋体操や,尿道を引き締める働きがあるβ受容体刺激薬などによる薬物療法がありますが,当科ではポリプロピレンメッシュを用いて骨盤臓器全体をハンモック状に支える骨盤底再建手術(TVM,TOT)も積極的に行っています。手術件数はこれまで700例を超える国内屈指の実績を上げています。おかげさまで板橋病院には全国各地から患者さんが集まってきており,今後も,つらい症状からの解放を願う一人でも多くの方を受け入れたいと考えています。

(2012年3月5日 取材)

ページトップ