インタビュー

高橋 典明 医師

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一人ひとりに適したオーダーメイド医療で,肺がんを治療する。

インタビュー 高橋 典明(たかはし のりあき)
呼吸器内科・科長
1985年,日本大学医学部卒業。
日本内科学会認定医 日本呼吸器学会専門医・指導医 日本呼吸器内視鏡学会指導医 ICD(インフェクションコントロールドクター)
呼吸器内科学分野 准教授

心に寄り添った医療で患者さんの苦痛を和らげたい

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私は,患者さんの味方でありたいと思う。もし自分や家族ががんになったとき受けたい医療を,患者さんにも届けたいのです。

治療法を考えるとき,学術的なこと以外に,もう一つ大切なものがあります。患者さんは一人ひとり性格や考え方,社会的立場が違います。これらを考慮した上で,その人に合ったベストな治療方法を選択したい。だから,本人の意思や希望をしっかりと聞いて,個人個人に合うオーダーメイド医療で,応えていかなければいけません。

受診される方に真摯に向き合うことも大切です。患者さんの中には他所の病院で,「薬は使えない」「治療法がない」「この病院では対応できない」と告げられた方もいます。でも「ない」と言われた患者さんは,どうすればいいのでしょう。また,メディアや口コミで評判の病院,がん治療で権威ある病院で診てもらいたいと,その病院に足を運んでも,患者さんが集中してすぐに対応してもらえないこともあります。健康な人が一週間,一ヵ月待つのと,がん患者とでは肉体的にも精神的にも大きく違ってきます。もし,そんな経緯があって板橋病院に来られたとしたら,これも何かの縁です。私は患者さんの苦痛を少しでも和らげたいし,治療に関する希望を叶えてあげたい。私の考えは,大学病院の役割とちょっと違っているかもしれません。しかし,がん患者に門を開くという意味でも,みなさんを受け入れたいのです。

末期がんだった女性が,今では10年以上の付き合いに

肺がんはいま,胃がんを抜いてがん死亡数の第一位となっています。肺がんにかかる人が一番多いわけではなく,早い時期から転移することが多く,治療が困難なためです。だからといって,治らないとあきらめてはいけません。肺がんはそのタイプで進行度は変わってきますし,それに,肺がん治療は現在目覚ましい進歩を遂げているからです。

10年ほど前のことです。受診された80歳間近の女性に肺がんが見つかりました。骨に転移もある状態で抗がん剤治療を開始しましたが,これが功を奏しがんをコントロールすることができました。でも歳をとっていくうち他の病気にもかかり,体力や気力も落ちてきます。すると,がんも悪くなってしまう。その頃,分子標的治療薬という新しい薬が出て,投与したところすごく良くなったのです。この女性はいま90歳。長いおつき合いになりますが,今も頑張っていらっしゃる。

患者さんの体力や素質も関係してきますが,末期の状態から10年以上も永らえるのは,ほとんど不可能に近かったのです。しかし,新しい治療法の普及や,患者さん個々に適した治療で,いまは予後も格段に向上しています。たとえ肺がんと宣告されても私と二人三脚,あきらめないで治療をしていきましょう。

効果や危険性もお話し,検査や治療を受けていただく

最近の検診の普及が,肺がんの早期発見につながっています。しかし集団検診のレントゲンだけでは限界があり,発見できないことも多いのです。細かく写るCTスキャンの方が,圧倒的にがんを見つける率が高い。しかし,受診する費用や放射線被ばく量が高いという問題があります。最近では,CTを低被爆にして,費用も抑え,検査を受けやすくなってきた。そうすると早期にがんが見つけられる。これが,患者さんの高い生存率にもつながると,世界的に証明され始めました。日本でも早期発見のため,CTによる肺がん検診が注目されています。

では,検診で異常が見つかった,または,なんらかの自覚症状があって当科を受診された時,診察をして肺がんの可能性がある場合は,確定診断の必要があります。これには気管支内視鏡を使い,病巣部から細胞や組織を採取して病理診断を行います。直径5㎜ほどの細くて柔らかい管を口から挿入し,喉を経由し,肺につながる気管支の内側を電子カメラで観察しながら,細胞を採取します。

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肺の気管支は,木と同じように幹から細かく枝分かれする構造をしています。枝先にいくにつれどんどん細くなっていきますから,ずっと奥までみることは難しい。ですから異常があるところを内視鏡でみて,他は画像診断で見極める。検査自体は10~15分程度,検査後の安静を含めても2時間ほどで終了します。麻酔はかけますが,少しつらいかもしれません。胃の場合だと,ふだん食べ物が通る場所にカメラが入るので,理にかなっていますが,肺は空気しか入っていかない場所です。飲み物が気管に入って,むせることがあるでしょう? 気管に異物感があるので,麻酔をしていても,どうしても咳込んでしまいます。また,肺は風船のように弱い臓器なので,肺細胞組織を取るときに傷つけて破れる危険性もあります。細心の注意を払い,熟練された手技で行ないますが,このようなリスクもあります。内視鏡は診断をつけるのに威力を発揮する一方,患者さんに負担がかかることも,検査の前にきちんと説明します。

検査の結果,肺がんと診断された場合には,がんの大きさ,転移の有無,転移の場所,広がり具合を検査する病期診断を行います。よりよい治療を選択するために,どのようながんであるのかを把握することが大切です。肺がんは,主に4つの組織型に分けられており,小細胞がん,腺がん,扁平上皮がん,大細胞がんに分かれます。小細胞がんは進行度が速く,初期から他臓器へ転移しやすい。ほかの肺がんと治療法も異なるため,それ以外の3つのがんをまとめて「非小細胞がん」と区別しています。

がん治療に奇跡を起こした分子標的治療薬

治療には,手術で取り除く「外科療法」,放射線をあててがん細胞を死滅させる「放射線療法」,そして抗がん剤でがんを攻撃する「化学療法」の3つが柱となります。早期の段階であれば,手術が有効です。しかし肺がんは発見された時点で,手術不能な進行がんであることが多い。そのため複数の療法を併用する集学的治療が主体となっています。

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がん細胞というのは実はだれでも持っていて,身体には,これを自然になくす力や,抑え込んで修復する力があるんですね。簡単にいうとアクセルを踏んでがんを増殖しようとする物質と,ブレーキを踏んでそれを止める物質がある。がんは,この働きが衰えた結果だと考えられます。そこでブレーキの役割をする分子を増やしたり,アクセルとなる分子を狙い撃ちして治療する新しい飲み薬が開発され,いま効果をあげています。これが先ほどもお話しした,分子標的治療薬です。がん細胞は自らの細胞に増殖のシグナルを送り,どんどん増殖していきます。この薬は,シグナルを発する部分をピンポイントで攻撃し,死滅させてしまおう!というものです。

この薬は最初,がん細胞の増殖を抑えるだけの効果と期待されていましたが,治療が多く行われると,がん細胞が小さくなることも分かってきました。「酸素ボンベが手放せず,自力で歩けない末期患者が,この薬によって歩いて退院するまでに回復した」と,医学界をも驚かせました。いま,そのメカニズムの解明や研究が,猛スピードで進んでいます。その成果により,これからもっと新しい薬が登場してくるでしょう。

分子標的治療薬にはハッキリと,どんな種類のがんの,どんなタイプのものだと効く,というのが分かっています。肺がんですと約8割を占める非小細胞がんに対して使われています。しかし非小細胞がんの,同じ組織型のがんでも,個人個人で細胞は違っていますから患者さんのがんにもそれぞれ違いが出てくる。この薬は標的を絞り込むことによって,有効性を発揮するので,その患者さんに効果があるかどうかを事前に診断しなくてはいけません。患者さんの細胞の中の遺伝子を調べていきますと,この患者さんにはこの薬が効く,この薬は効かないが事前に分かるのです。これもオーダーメイド医療のひとつです。

がんの乗り越え方は100人100様。
その人に合った「オーダーメイド」の治療を考える

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オーダーメイド医療を実施するうえで,ほかにも大切なことがあります。たとえば,酒が強い人,弱い人がいるように,がんの薬も解毒したり排除する反応が人によって違うので,それをみる必要があります。また,私がどんなに効くとお話しても,副作用が怖いなどの理由から「薬を使うのは嫌」という方もいます。副作用に関しては理由を聞いて,髪の毛が抜ける副作用が苦痛であれば,なるべく抜けない薬を選択したりと,患者さんにとって,どこまでなら受け入れられるかを知ることも大事なことです。絶対的な治療法があれば,なんとしても私はそれをすすめますが,いろいろな理由から使わない方もいます。その場合は,多少効果が落ちるけれど二番手の方法を考える。こちらから一方的に押し付けるのではなく,患者さんに少しでも治療を頑張れるようにしてあげたいですから。患者さんたちは家族のことや,経済的なこと,抱えている問題も様々です。その人のすべてをひっくるめて治療方法を決めていく。患者さんを総合的に判断するのが,オーダーメイド医療だと思います。

普通であることのありがたさを,いつも大事にしていたい

東日本大震災が起こって,考え方が変わったという方がたくさんいらっしゃいます。普通であることのありがたさって,すごく大事ですよね。笑ったり,食べたり,眠ったり,仕事をしたり。病気をしてみて気がつくのですが,普通って実はすごくありがたいことです。患者さんもよく「先生,普通にできるのが,いちばんいいですね」と話してくれます。健康な人もそう思っていれば,みんなもっと周りにやさしくなれるのではないでしょうか。自分にとっての健康管理や,病気の予防にもなりますし。私は毎日病気の方ばかりを見ているので,どんなことが普通なのか分からなくなって,マヒしてしまう可能性もあります。でも,それは絶対にいけない。ちゃんと心に留めて,過ごさなければいけませんよね。

初めにお話したように,私はがんで悩んでいる方,困っている方,みなさんにきちんと対応したいと思っています。来られる場合は,それまでかかっていた医療機関から紹介状をもってこられると良いと思います。板橋病院は特定機能病院ですが,紹介状があれば初診にかかる保険外併用療養費は必要ありません。また,待ち時間を短くするために予約制をとっていますが,それでも患者さんにはお待ちいただくこともあります。でも,病気は待ったなしが多い。初めて来ていただいた日に必ず診察し,よくお話したうえで,患者さんが何かしら答を持ち帰れる診療を私は行なっています。

(2012年2月10日 取材)

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