インタビュー

中山 智祥 医師

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遺伝子診断から,将来の遺伝病発症の確率を探りだす。

インタビュー 中山 智祥(なかやま ともひろ) 臨床検査医学科 部長
1988年,日本大学医学部卒業。同年,日本大学医学部第二内科学教室入局。1994年,日本大学大学院博士課程医学研究科(内科系)卒業。2001年,日本大学医学部先進医学総合研究センターへ。同年,日本高血圧学会Yong Investigator Award 受賞。2008年,日本内分泌学会研究奨励賞受賞。2008年,病態病理学系臨床検査医学分野教授。2009年,板橋病院臨床検査医学科部長に就任。現在に至る。

学会での議論を目の当たりにして,遺伝子研究に没頭する日々へ。

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「臨床検査医学科って何をするところ?」
そんな素朴な疑問を抱く方も少なくないでしょう。臨床検査医学科では,他の診療科のように外来や病棟で患者さんを診療する体制はありません。しかも2008年の4月の医療法改正で,ようやく標榜診療科となったばかりです。

臨床検査医学科を端的に説明すれば,医師が患者さんからのサンプルや身体について検査をする診療科です。それとは別に臨床検査部があり,板橋病院の場合,80名を超える臨床検査技師スタッフが勤務しており,連携を取っています。

私は大学院時代から『本態性高血圧症を中心とする多因子遺伝性疾患の遺伝要因』の研究を続けてきました。なぜ,遺伝子を究めようと決意したか。それは,ある学会に参加したときの経験がきっかけです。その日,新しい生体内の物質の発見が発表されました。発表した研究者は,高血圧症の患者さんで測定したらその物質の数値が上昇していたと言います。「血圧が高いから上昇した」のか,それとも「上昇したから血圧が高くなった」のか。解釈をめぐって,会場内では喧々囂々の議論が繰り広げられました。しかし,いっこうに結論はでません。

「一生変わらないDNAを調べよう。自分自身で真実を突き止めよう」
それから,分子生物学を用いた研究に没頭する日々となりました。内科から先進医学総合センターへと移籍してからは,さらに高度な領域にまで踏み込みました。DNAを探るには「分子生物学」の手法を用いるのですが,日頃の研究手法を用いて,ある遺伝病の遺伝子診断を実施しました。その実績にて,あちらこちらから遺伝子診断のオファーが舞い込みました。そこから数々の経験を積み重ねるうちに,臨床遺伝専門医の資格を取得。そして,2009年から臨床検査医学科において「遺伝学的検査」と「遺伝カウンセリング」の実施に至ったのです。

「遺伝カウンセリング」は,準備と言葉選び,雰囲気づくりが重要。

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ここで,「遺伝学的検査」と「遺伝カウンセリング」の並行実施に至った経緯をご説明します。遺伝病の遺伝子診断は,ながらく保険がききませんでした。それが2006年4月に「進行性筋ジストロフィーの診断」で初めて保険が適用されました。そして現在は,35の病気に適用が拡大されました。

増えて良かった? 実は,まだまだなんです。遺伝病は,数万以上あるのですよ。その中のたった35なんです。これら以外は,どれも数万円もする高額医療です。そのため,遺伝性疾患のほとんどが,私のような研究者の研究費や,患者さんが支払う実費で実施されているわけです。

そんな中で,板橋病院臨床検査医学科では,自費診療に特化したカルテシステムを2009年秋に起ち上げました。これにより,クライアント(依頼者)はご自身の希望どおりの検査を受けることができ,さらには混合診療ではないので,全額自己負担となる心配が払拭されました。で,その「遺伝学的検査」に向かう前後の相談が,「遺伝カウンセリング」なのです。

「カウンセリング」という言葉を耳にすると,「心理カウンセリング」のように,臨床心理査定が求められるというイメージをもたれがちですが,実際はだいぶん違います。基本は,遺伝カウンセラーはクライアントに「遺伝全般」に関する情報を提供をすることを,まず実施します。遺伝学的検査をする・しないの最終判断は,あくまでもクライアントに任せます。こちらが強要・指示することは決してありません。

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この遺伝カウンセリング業務では,3つの点で留意しています。

まずは,話しやすい雰囲気づくり。お互いの意思の疎通がなければ,クライアントはベストの決断はできません。できるだけ,学会主催のロールプレーイング式訓練に参加するようにして技術トレーニングをしています。

2つめは,綿密な下調べ。ご家族の病歴等を事前にうかがい,そこから3週間くらいにわたり学術文献などで情報を収集し予習をします。この準備にかける労力は,大げさではなく,ひとつの論文を書きあげるほどです。

そして,言葉選び。クライアントの心を傷つけないよう細心の注意を払います。例えば「突然変異です」なんていきなり言われると,生きていることを全否定するような嫌な言葉ですよね。そこで私の場合は,言い方を変えたり,どうしても使用しなければならないケースでは,あえて口にすることを前もって説明します。

カウンセリングを受ける方の不安な気持ちは,よくわかります。そこで決まって言う台詞があります。
「世界には68億人の人がいて,全員が7つ以上の遺伝病の原因を持っているといわれています。体に表れるさまざまなものは個人差と言えますよ」
この説明で,ほとんどの人がほっとした表情になります。

クライアントのほっとした表情や言葉の中に,医師の喜びがある。

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「遺伝カウンセリング」は,週に1回,1〜2時間をめどに実施しています。今までに何人ものクライアントと出会いました。ほぼ,すべての方を記憶しています。平等に淡々と対応することになります。でも,ひとりの人間として相手と向き合ったとき,その方の「今後」について思いあぐねることはあります。

ここ最近でいうと,一人の青年のことが,心に残っています。彼のお父さんは50代前半。不幸にも,30代からある遺伝病を発症しました。この病気は,中年以降に発症するケースが多く10年,20年単位でゆっくりと進行します。

この青年は遺伝学的検査をご希望されませんでした。

誰にも,病気の可能性について知る権利があります。同時に,知ることを拒む権利もあります。遺伝子がからむ病気は自身だけでなく,親兄弟や親戚,そして我が子の人生にもかかわってくるのだから…。私は,彼の知勇を噛みしめました。

遺伝カウンセリングの最後には,決まり文句のように「何かご相談があったら,必ずご連絡ください」と付け加えます。自分の提供する情報が役に立って欲しい,という願いとともに,その後を見届けなければという医師としての責任からです。そうして時には,「不安を抱えていたけれど,ほっとしました」「勇気がでました」「気持ちが落ち着きました」との連絡もあります。こうした言葉を聞けるのはうれしい限りで,自分が医師になったことの喜びを感じる瞬間です。

(2012年11月8日 取材)

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