インタビュー

加藤 実 医師

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麻酔科医は,時として患者さんの代弁者にならなければならない。

インタビュー 加藤 実(かとう じつ) 麻酔科・ペインクリニック科手術部部長
1983年,日本大学医学部卒業。
日本ペインクリニック学会認定医,小児麻酔学会  評議員日本麻酔科学会指導医,日本臨床麻酔学会。1993年,日本麻酔科学会山村記念賞受賞。日本大学医学部麻酔科学系麻酔科学分野 准教授

手術を受けるのは「臓器」ではなく「人」。
患者さん側に立って徹底した安全管理を行ないます。

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最初に「麻酔科医」について,お話ししましょう。

手術室で,実際に体にメスを入れるのは外科の先生ですが,手術というのは麻酔科医,看護師を含めてチームとしての共同作業です。そしてこのチームをどのようにコーディネートするかが麻酔科医の仕事になります。

手術を受けるのは臓器ではなく人間ですから,その人の全体を知らないと安全な麻酔管理はできません。一時的に,患者さんの命をお預かりする仕事をしていますからね。

だから,麻酔科医は,手術の部位・内容だけに注目するのではなく,年齢やこれまでの病歴,飲まれているお薬,受けられた検査結果,患者さんから伺ったお話し,そして診察所見などから,個々の患者さんの麻酔科管理上の問題点の整理整頓することを,とても大切にしています。これを基に,個々の患者さん毎に手術の部位・内容に応じた適切な麻酔管理方法をテーラーメードで計画し,手術に臨むことになります。

このため,外科の先生が手術をしたいと言っても,安全の視点から患者さんの側に立ち,時には
「手術を受けられる患者さんの,心臓や肺の状態が悪く,手術麻酔という大きなストレスに,患者さんの体が耐えられるだけの予備力がないので,予定手術を回避し,縮小手術か,あるいは手術以外の方法を模索できないか」
と外科医に提案することもあります。

手術中でも患者さんの状態,例えば大量の出血時などでは,患者さんの安全を確保するために,手術を中断するよう外科医に協力を求めることがあります。

麻酔科医は「風通しのよい環境を整備しておく」中で,このような点について外科医と積極的に本音で意見交換を図ることで,結果的に患者さんの安全管理の質が確実に向上しますし,麻酔科医と外科医の信頼関係もより強固なものになっていくのです。

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安全で確実な新しい麻酔方法・麻酔薬がここ数年で次々と紹介されています。その1つに高精度な超音波装置を使った麻酔方法が誕生しました。超音波装置を使うことで,臓器や血管だけでなく,痛みを伝える末梢神経を容易に見ることができるようになったのです。

例えば超音波を鎖骨の上にあてると,手までつながっている腕神経を,筋肉の間に確認することができます。手の手術をする場合は,手の痛みを伝える腕神経を超音波装置の画面に映し出し,その神経を目指して,ブロック針を神経の近くまで進め,そこに局所麻酔薬を注入することで,手だけの痛みを選択的にとることができるのです。こうすることで,手術の後はすぐに食事ができたり,心臓や肺の病気を抱えている患者さんも,手術麻酔にともなう合併症を積極的に避けることができます。

まさに,患者さんへの負担を少なくしながら,安全で確実な方法としてのピンポイントの麻酔法に近づきつつあるわけです。

脳や胃,肝臓の手術などは現在も全身麻酔が必要ですが,全身麻酔薬についても進歩には目をみはるものがあります。

速やかに眠り,速やかに目が覚めるといった薬の開発,強い鎮痛薬の開発,体の中で代謝されない薬の開発,体に蓄積されない薬などにより,快適な睡眠と手術後の痛みの軽減,嘔気の軽減が得られています。その結果,内臓機能の回復や食欲の回復も早く得られます。これらの麻酔薬を使って手術を終えた患者さんに話を聞くと,「想像していたよりすごく楽でした」とびっくりされています。

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そして手術の後には,痛くないことも重要なポイントです。手術中に,術後の痛みを和らげる神経ブロックを併用したり,強力な鎮痛薬を併用して体を痛みからしっかりと守ることで,手術中と術後の苦痛を同時にとる麻酔管理を日常的に行っています。麻酔科医は,患者さんに負担の少ない麻酔法で管理し,快適な術後の状態を提供することで,少しでも早くベッドから起きて歩け,食事もとれるようにして,1日も早く日常生活に復帰できる支援ができればと思っています。

患者さんの「手術したなんて嘘みたい」という言葉にやりがいを感じますし,手術中の患者さんの安全を守った上で,全く苦痛がない術後の状態を患者さんに提供することが私たち麻酔科医の夢でもあります。

本人にしか分からない「痛み」を,
ペインクリニック科がじっくり「聞き」ます。

次に,麻酔科医が,ペインクリニック科の医師として,慢性の痛みである腰痛や,てごわい痛みの病気である帯状疱疹後神経痛痛など,原因の分かりにくい痛みの治療に携わっているお話をさせてもらます。痛みは,目に見えないので,理解されにくく,他人には分かってもらえない特徴があります。そのため,痛みに悩む患者さんのたらいまわしが起こることすらあります。

例えば激しい腰痛におそわれ,整形外科を受診したとします。検査をした結果,「骨折もないし,神経も障害されてなく,異常はありません,よかったですね」と診断され,ほっとしたものの,じゃ今の痛みの原因は何なの,それに痛みを和らげるにはどうしたらいいのと戸惑う場合もしばしばあります。さらに,痛みがひどくて仕事や家事にも支障をきたすようになると,本人にとっては大問題ですよね。マッサージなどに頼っても楽になるのは一時的で,痛みは治まらない。果ては「考えすぎだよ。精神的なものじゃないの?」,「頑張れ」とか周りに言われ,だれも自分の痛みを理解してくれないとなれば,気分がふさぎ込んで,新たにうつ状態になってしまうこともあり得るのです。

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このような,辛い痛み抱えた患者さんを,ペインクリニック科では積極的に診ています。診療はまず,いつ頃から,どこがどういうふうに痛いのか,座っているときに痛いのか,夜も痛くて眠れないのか,発作のように痛みがくるのかなど,どんどん掘り下げて聞き出していきます。患者さんが自分の痛みについて全てを説明し終えると,「いままで,こんなにたくさん先生に話したことありませんでした」とすっきりした表情になる人もいるほどです。実はここが治療に向けての出発点なのです。

そうして次に,どうして痛くなるかというメカニズムを説明し,治療法の種類や内容を話し,どの順番で治療するかなど,ひとつずつ患者さんと相談しながら決めていきます。診断,治療の方向性も得られず途方に暮れていた患者さんに安心してもらうには,まずはコミュニケーションがなにより欠かせません。

当科は「痛みの病気」を診断するコンシェルジュ的な役割も持っています。手術やリハビリをした方がいい痛み,精神科や心療内科でメンタルサポートした方がいい痛みなど,病態に応じた診断と治療の方向づけも行なっています。

薬や注射だけで治せない子どもの痛みは,
院内連携をとって集学的に治療する。

最近では,大人だけでなく,子どもの慢性の痛みも診察する機会が増えてきました。子どもは痛みを伴う治療を怖がりますから,信頼関係ができるまで注射をしません。最初は痛みのないレーザー治療などをしながら,若い医師が漫画や学校のことなどを聞いてコミュニケーションをとっていくんですね。しばらく経つと「先生,薬を飲んでも痛いの変わらないよ」と文句を言ってくるようになります。

「そうか,ごめんな。でも,注射は嫌いだよね?」と聞くと,

「どんな注射?太い注射なの?」と探りを入れてきます。

ここで「やってみる?」と言っても,簡単に「うん」とは言いません。そこで無理強いせずにおくと,ある日「注射やってみるよ」という時がくる。

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子どもが自発的に変化したときがチャンスです。そうして1~2回の注射で,診療が終了した子もいます。みんながそうではありませんが,おそらく注射よりも本人が前向きに病気を治そうとする力の方が大きいと思います。

特に子どもの場合は,家庭や学校のことなど様々な要因が痛みに関わってくることがあります。そこで各科の医師が協力し合い,お母さん役やお父さん役,お兄さん役,それぞれの役割をもって接し,集学的に治療していきます。ペインクリニック科は「君の言うことは決して疑わないよ」という,先生役みたいなものでしょうか。私たちは,家庭や学校の問題に首を突っ込むことはしません。それは小児科の先生や臨床心理士におまかせして,意図的に身体的な痛みに焦点を当てて子どもと接しています。子どもにしてみたら,ペインクリニック科の医師は自分の痛みと正面からぶつかってくれると思うのでしょう。

このような院内連携は,各診療科の信頼関係や風通しが良くなければ決してうまくいきません。これは板橋病院が自慢できるチーム医療ののひとつだと思います。

がんの痛みをコントロールする緩和医療のレベルは,
今後さらにアップします。

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がん患者さんの痛みを和らげるのもペインクリニック科の仕事の1つです。これまでは,がん患者の痛みに対する緩和治療において,がん専門の医療機関でさえ,半数の患者さんしか満足できるケアを受けられませんでした。医療者側の要因の1つには,医療用麻薬に対する正しい知識を持っていなかったのが理由かもしれません。

そこで平成18年に,“がん治療に携わる者は,治療だけでなく苦痛を和らげる義務がある”という内容が盛り込まれた「がん対策基本法」が制定されました。つまり,がん治療の携わる医師は,肉体的苦痛,さらに精神的苦痛に対しても適切な対応ができることが求められています。このため,診療科の枠を超えて医師は緩和講習会を通じて体の苦痛だけでなく,精神的な苦痛に対する対応法についても積極的に習得するようになり,徐々ではありますが確実にこの分野について,医療の質が向上しつつあります。

一方で,患者さんや患者さんの家族の中には,まだまだ医療用麻薬のモルヒネに対する誤解があります。例えば「モルヒネを使うのは,もう最後の段階」という誤った捉え方などについて,根気強く正しい情報を社会に対して積極的に提供し続けることもペインクリニック医師の大切な仕事の1つになっています。実際の現場では,モルヒネを飲みながら治療をしてがんの改善に伴い痛みが楽になってきた時点で,モルヒネを徐々に減らしていく患者さんもたくさんいらっしゃいます。

このように痛みの軽減とがん自体の治療を車の両輪のようにして行うことが,現在のがん治療のあり方なのです。

(2012年8月8日 取材)

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受診を希望される患者さんは紹介状を用意して頂き、受診前に必ず電話で予約をして下さい。

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