インタビュー

片山 容一 医師

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人と人とのコミュニケーションが心をつくる。脳の治療にも心が大切なのです。

インタビュー 片山 容一(かたやま よういち)
日本大学医学部長
1974年,日本大学医学部卒業。1978年,日本大学大学院医学研究科博士課程修了,医学博士。カリフォルニア大学(UCLA)医学部脳神経外科助教授,脳損傷研究施設長,脳神経外科・客員教授,日本大学医学部脳神経外科教授を経て,2005年より現職。
社団法人日本脳神経外科学会・常務理事,日本脳神経外傷学会・理事長,日本疼痛学会・理事,日本慢性疼痛学会・理事,日本定位・機能神経外科学会・事務局代表,脳・神経手術モニタリング研究会・事務局代表,脳神経外科の各専門分野の学会の世話人・運営委員など。脳神経外科専門医,日本臨床神経生理学会認定医,日本脳卒中学会専門医,日本脊髄外科学会認定医。
日本大学医学部脳神経外科学系神経外科学分野 主任教授

「脳と心の関係」は,私の一生のテーマ。
人間が生きていくうえで,いちばん大切な脳の働きは何か?

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それは,「今日も元気だ!」という元気ではないでしょうか。出社してもスイッチが入らず,やる気が出ない。病気やケガのリハビリも気分がのらない。前向きなエネルギーや意欲がない限り,人間は何のアクションも起こしません。「元気」は自分でコントロールできません。脳のどこそこは何々機能の中枢である,と解明されています。では元気は脳のどこにあるのでしょうか。それを見つけられれば,最高の発見です。私にとって脳と心の関係は,一生のテーマだと思っています。

脳に心が宿っていると思っている方が多くいます。医師にもいます。しかし脳に心は宿っていないのです。水槽の中の脳という,水槽の中で脳を培養したら,どんな心が発生するかという思考実験がありました。得られた答えは「心は発生しない」です。体がなければ,私たちが持っている知覚は発生しないのです。脳は,自分の体の操り方を知らずに生まれてきます。やがて脳からの指令で体が動かせると分かると,体を使っていろいろな経験をし,感覚や意識が生まれてきます。もちろん,生まれながらの基本構造は脳にありますが,それだけで知覚は生まれず,体によって脳は作られていくのです。

心は,人と人との関係から初めて発生します。相手は何を考えているのだろう,自分が言っていることは相手にどう伝わっているのだろう,脳と脳の間にコミュニケーションがあったとき,初めて心があるかのように,それぞれの脳が感じるのです。自分の脳が一つだけポツンとあっても,心は生まれてこないということです。

脳深部刺激療法(DBS)の,最高レベルの治療成績を誇る。

私は30年以上,脳機能障害による後遺症を克服したいと,脳機能再建のための手術開発に取り組んできました。そのひとつに,脳の中の働きを調整する,脳深部刺激療法(Deep Brain Stimulation=DBS)があります。1979年に日本大学脳神経外科によって,初めて日本で導入された治療法です。以来私たちは,DBSの研究・開発に携わり,全国一の手術件数と最高レベルの治療事績を誇り,この分野での先駆者として,海外でも高い評価を受けています。

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DBSは定位脳手術とよばれる手術法で,脳の特定の部位に電極を植え込み,弱い電気刺激を持続的に送って,異常をきたしている神経細胞の働きを修正するものです。電極の細さは直径約1㎜で,柔らかく,脳に馴染むようにできています。電気刺激の発生装置は胸部の皮膚下に埋め込むのですが,心臓ペースメーカーと同じような装置で脳を刺激する,と想像してもらうと分かりやすいでしょう。

手術は脳を切り開かず行ないますが,人それぞれ顔が違うように,脳の目的の部位も少しずつ違います。そのため,正確な場所が分かる神経ナビゲーションシステムなどの高度な技術が必要になってきます。患者さん一人一人の脳画像で位置を掴んだうえで,その周辺の何十ミクロンという非常に小さい神経細胞の活動を記録し,機能的にも目的の部位がそこにあるかどうか確かめながら手術を進めていきます。これはかなりの技術が必要とされ,どこの病院でもできるものではありません。それをずっとやってきているのが,この板橋病院なのです。

パーキンソン病の震えの症状が,DBSで劇的に改善。

DBSは不随意運動や,神経に起因する痛み(難治性疼痛など)の症状を緩和することが目的です。病気そのものは完治はしませんが,症状は劇的に改善されます。パーキンソン病は,不随意運動が起きて手,足,胴体が震える振戦(しんせん)や,踏み出そうとしても足が前に出ないという症状があります。パーキンソン病患者さんにDBSを行なうと,振戦の症状が軽くなり,うそのように体が自由に動くようになります。また,ジストニアという,筋肉の異常な収縮によって,全身や体の一部がねじれたりする病気があります。14年前にジストニアの患者さんを初めて治療したのですが,私自身もびっくりするほど,不随意運動の症状が改善されました。

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脳卒中の麻痺や震えの後遺症も,脳の働きの異常によるものです。体の突っ張りが原因の麻痺もあり,それをDBSで取り除くと麻痺が軽減されることを,私は20年位前に発見し論文を発表したのですが,脳卒中後の麻痺や不随意運動に対しても,効果的な治療法と言えます。

板橋病院にはDBSの手術を受けるため,全国から患者さんがいらっしゃいます。しかし5年,10年と長くパーキンソン病を患うと体の動きが悪くなり,移動も大変です。少しでも,近くの病院で治療が受けられるようにしてあげたい。そこで,この分野に興味がある全国の先生方に来ていただき,当院で半年から1年間トレーニングを積んだ後,また戻って手術できるようにする研修を行なっています。そうすることで,患者さんの近くでDBSを受けられる病院を紹介することができます。これは10年前ほど前から行なっているのですが,今では全国30以上の大学病院とネットワークが広がっています。

脳機能の回復力まで考え,「覚醒下手術」の手法に変化が。

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私は日本初の覚醒下手術も,1996年に板橋病院で行ないました。腫瘍が脳の言語野付近にある場合,大切な言語野を損傷して後遺症など残さないよう,覚醒状態の患者さんと会話しながら,最大限に腫瘍を摘出する手術です。患者さんには手術中,カードに描かれたモノの名前を言ってもらうのですが,名前が出てこない,しゃべり方が変わった,という変化を見て切除はここまでにしようと判断するのです。

ところが手術を重ねていくうち,まったく新しいことが分かってきました。「話せなくてもいいから,腫瘍を完全にとってほしい」という患者さんの意向に添って,徹底して腫瘍を摘出したときのことです。その患者さんはやはり手術途中からしゃべらなくなり,術後の失語症検査結果も悪く,話せないままになるだろうと私は思っていました。しかし,1ヶ月ほど経った頃から徐々に言葉が出るようになり,なんと半年後には普通に話せるようになったのです。脳には隣の細胞が肩代わりをして,機能を回復する力があるのです。

この経験から2005年以降は,最大限に腫瘍を摘出する手法を行なってきました。ただし,絶対に切除してはいけない箇所がありますから,そこは慎重にする必要があります。ギリギリのところで手術をやめるという当初の考え方に変わり,これが今のベストな手術方法といえます。

脳機能を理解すれば,DBSで心の病が治療できるのか?

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脳のどこをどう刺激すれば,どの症状が軽減できるのかが明確に分かるまで,基礎医学の研究は進んでいます。いろいろな治療に使える段階まできていますが,対象が脳であるだけに倫理的な問題もあり,慎重にやらなければいけないと思います。

実は,パーキンソン病の患者さんにDBSの手術をした後,うつ状態が改善されることがあります。パーキンソン病の患者さんはうつ傾向が強いのですが,電気刺激を行なうと顔つきが良くなり,体も元気そうに見えます。

カナダでは実際に難治性のうつ病治療として,「悲哀」を感じる脳中枢を電気刺激するDBS手術が行なわれています。うつ病のおもな症状は憂鬱ですが,「悲哀」は原因がはっきりしているときに感じる,まったく別の感情です。悲哀の喪失感には原因があるけれど,憂鬱の喪失感に原因がありません。それなのに悲哀の感覚を取り除くだけで,うつ病を治療したことになるのでしょうか。本当に悲しむべきときに,悲しめないのでは?という疑問もあります。

同じように過食症の方に対して,満腹中枢や飢餓中枢の働きを調整する治療が,アメリカでは実験的に行なわれています。私自身は,人間の精神にかかわる病までDBSの応用を広げることには,あまり賛成できません。DBSは当初,技術的なことに重きを置いて始められました。それらを引き継いで今度は,人間社会に応用できる立場を,私たちは与えられたのです。

ひとつの機能を操作して心の病が治るほど,脳は単純なものではないはずです。

元気や前向きな意欲というのは,人間にとって大事なものです。脳卒中や頭部外傷など脳損傷後のリハビリテーションも,やる気に比例して効果が上がってきます。体に「動け」と指令を出す脳の運動野が壊れると,元に戻ることはありません。しかし,しゃべる,考えるなどの機能は障害を受けても,隣接する正常な細胞が,その機能の代わりをすることもあるのです。そこには,看護師や理学療法士の役割も大きく関係してきます。彼らの仕事振りをよく見ていると,リハビリの技術より,患者さんとのコミュニケーションを大切にしているのが分かります。言葉を交わし,話を聞き,褒め,励ます。この繰り返しが患者さんの心を再生し,生きようとする力をもたせ,やる気を出させているのだと思います。

スタッフのチームワークを見れば,病院の良さが分かる。

人間はいろいろな人との関係の中で,心をつくり出しています。優しくされれば優しくできるように,必ず相手に反映するのです。病院もそうです。医師や看護師,職員も相手がいて成り立っています。チームワークは仕事仲間の姿に現れますから,医師が良ければ看護師も良い。職員同士仲が良く,表情も明るいはずです。板橋病院は,共感と思いやりを大事にする人々の集まりです。これが「患者さんを大切にする病院」として反映されているのです。

(2012年3月5日 取材)

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