インタビュー

亀井 聡 医師

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日本における脳炎・髄膜炎治療のオピニオンリーダー 合言葉は「最後まであきらめない。患者さんに歩いて帰っていただこう」

インタビュー 亀井 聡(かめい さとし)
神経内科部長
1980年,日本大学医学部卒業。同年6月,日本大学医学部神経学教室入局。1986〜1988年米国ジョージア州Emory大学およびCenters for Disease Control and Prevention (CDC)に留学。2010年より現職。
日本神経学会 専門医・指導医・代議員・広報委員会幹事・専門医認定委員会委員・ガイドライン統括委員会委員 日本神経感染症学会 監事・編集委員 日本薬物脳波学会 理事 日本内科学会 認定医・指導医 日本脳卒中学会 専門医 日本臨床神経生理学 専門医など
内科学系神経内科学分野 主任教授
東京都医師会医学研究賞など受賞

One for all.All for oneの精神で,私たちはチーム診療で臨んでいます。

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この言葉はアレクサンドル・デュマの小説『三銃士』のなかに出てくる合言葉です。ラグビーのチームプレー精神を表す際にも良く使われます。ラグビーでは得点をした選手が派手にガッツポーズをする姿は,ほとんど見られません。「このトライは,みんなでとったトライなのだ」という意識があるからなのでしょう。どんなに優秀でも,一人でできることに限界があります。でもチームとしてまとまれば,1+1が5にも10にもなる。これがチームプレーのすばらしいところです。

私たち神経内科のスタッフも同じです。全員が一つのチームとなって患者さんをサポートしていく。一人一人の医師がプロフェッショナルであるからこそ,チームになればさらにその力が発揮されます。当然のことですが,知識や技能だけでなく患者さんの気持ちを察して診療を行なうことも重要です。診療は,患者さん本位であるべきだと思います。私たちの仕事は,どんなに難しい病気であろうと全力を尽くし,できるだけ元の生活に復帰してもらうことなのです。

30年ほど前,私が医師になって一年目のことですが,脳炎で昏睡状態にある患者さんのリハビリをベッド上でお願いしますとリハビリ科の技師さんに依頼したら,「治らないのに意味ないでしょう。無駄です」と怒られたことがあります。今でこそ昏睡状態でもリハビリをするのは当り前となりましたが,当時はそうでなかったんですね。それでその技師さんとケンカになってしまいましたが,それでも私は幾度も頭を下げてベット上でリハビリをやってもらいました。だって,寝たきりのまま病気が回復しても,足が拘縮すると動かなくて歩いては帰れなくなる。そんなのかわいそうじゃないですか。その後,この患者さんは昏睡から回復して歩いて帰られ,いまは結婚して一児の母になりました。つまり,重症の脳炎が治っても,もし患者さんの足が拘縮して歩けなくなったら,長期に寝たきりで床ずれをおこして感染症を併発して亡くなったら,患者さんを助けることにはなりません。だから,医師のみならず看護師さんやリハビリの技師さんなど,みんなが患者さんの未来に対して可能な限り心を一つにし,責任を持つということが大事だと思います。この「最後まであきらめない。そして,患者さんに歩いて帰っていただこう」という気持ちはいまも変わりません。そして,当科の医師たち・看護師たち・パラメディカルたち全員が,患者さんに対して同じ気持ちをもって治療にあたることが大切なのです。

目の動きから足のつま先まで,徹底的な診察で病気を探る

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「神経内科」はどのような病気を扱う科かご存知ですか? 脳や脊髄,神経,筋肉の病気を内科的に診る科です。取り扱う主な疾患は,脳の血管が詰まる脳梗塞や破れる脳出血などの脳卒中全般,ウィルスや細菌が脳に侵入して起こる脳炎や髄膜炎,その他にも,偏頭痛や末梢神経障害,神経難病とよばれるものなど多岐にわたります。外科は外科的治療(手術)で治しますが,「神経内科」はこれを内科的手法,投薬を中心に治療を行う診療科なのです。

診療は,まず症状を詳しく聞くことから始まります。そして,神経の診察です。目の動きから始まり,手足の動きやバランス感覚,ハンマーのような形をした打腱器を使って腱反射をみるなどして,患者さんの神経の働きを細かく診察していきます。その後,必要に応じて血液,尿,生化学,各種画像検査,神経機能検査を加えることによって,診断をし適切な治療をしていくのです。打腱器をはじめとして,触覚をみる筆や,針車,音叉など,古典的な道具を使う神経内科独特の診察は,古いものに見えるかもしれません。しかし,この診察室での所見がとても重要な役割を果たします。私たちが最も得意とする,特殊性のある医療であり,トレーニングを積んだ専門家が診察することで正しい判断がくだせる,いわば職人芸的な専門分野なのです。

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そのため,一人の患者さんの診察時間が非常に長くなってしまいます。病気や検査の説明を合わせると,時には一時間近くも要します。初診の方は予約制をとらせていただいていますが,このような理由で前の方の診察時間が延び,予約時間どおり診察室にお呼びできないこともあることを,ご理解いただきたいと思います。もうひとつ,お待たせしてしまう理由があります。呼吸が停止していたり,意識不明の救急患者さんが搬送されてきた場合は,どうしても外来をストップせざるを得ません。お待ちになっている外来患者さんには,緊急事態であることを説明し謝って席を外しますが,これもご了承いただければと思います。

迅速・先進の医療で一人でも多くの命を助けたい

脳炎や髄膜炎は治療開始が遅れると,死に至ったり高度後遺症になる確率が高くなるため,適切な早期治療が重要になってきます。この病気の転帰は,医師の技量に依存すると言ってもいい。当科は,医師が救急患者に24時間対応できる体制をとり,想定されるウイルスや細菌に合わせた治療を迅速に行っています。神経感染症の受け入れは日本で最も多く,当施設が主体となって日本における診療ガイドライン作成にも携わってきました。今もその改訂作業を行っているところです。また,神経内科・脳神経外科・救命救急センターの3部門を合わせた脳卒中の治療実績で,都内の病院において一番の評価をいただきました(読売新聞による調査 2011年2月26日掲載)。ですが,これは毎日の診療の積み重ねの結果です。目指すものは,これまでと同じように患者さん一人一人の診療を大切にしながら,世界最高水準の医療を継続し発展させることです。患者さんのための医療が最初にあるのです。

脳炎における新たな治療法の開発

我々は単純ヘルペス脳炎の新たな治療法を開発し,この治療法が最近の米国や欧州の診療ガイドラインにも反映されています。単純ヘルペス脳炎という病気は,ウイルスによりおこりますが,未治療では死亡率が7割におよぶ重い治らない病気でした。その後,抗ウイルス薬の開発により死亡率は約2〜3割と改善してきていますが,未だに後遺症の頻度は3〜5割の患者さんでみられ,病気になる前のように社会復帰できる方は半数の患者さんのみです。つまり,死亡は避けられても,多くの患者さんが後遺症である認知障害などのため社会生活に戻れないというのが現状です。

この点から,新たなる治療法の開発が望まれていたわけですが,我々は,最近,抗ウイルス薬と副腎皮質ステロイド薬の併用がこの病気の治療に有用であることを,世界で初めて臨床的に明らかにし報告させて頂きました。その後に作成された欧米のガイドライン(下図参照)は,この治療法がその治療指針に反映されており,紹介されています。

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この治療法も当初,国際学会で初めて発表したときに出席した神経内科の先生からは高い評価を頂きましたが,ウイルス学や微生物学者からは,「ウイルス疾患にステロイドなんて! 自分は教科書にそんなことを書いたことない」と言われ,いくら多施設・前向きに集計したデータですと言っても信じてもらえませんでした。しかし,現在ではこの治療法は欧米のガイドラインにも引用されています。

このように学問上以前は非常識だったことが,研究の積み重ねから今では常識に変わることもあります。最近,学会でこのとき非難した研究者と会った時に,いまでは彼はこの治療法を信じてくれるようになっていました(笑)。このように,学問上の常識に変えるには,かなりの努力と信念…あと,打たれ強さ(笑)…が必要です。我々にこの変える力を与えてくれているのは,これまで診させていただいた患者さんとその家族との繋がり,さらに診させていただいた患者さん方に対する少しでも報いたいという我々の気持ちであると思います。

当科の症例から,新しい脳炎を発見

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当科では,新しいタイプの脳炎も発見しています。「抗NMDAR脳炎」という,卵巣奇形腫(卵巣腫瘍)が抗NMDAR受容体に対する抗体を作り,引き起こされる脳炎です。20年ほど前から,若い女性に原因不明の脳炎で重症化する症例がみられたのですが,症状や検査所見がこれまでの脳炎とは異なっている。これは新しい病気なのではないかと,医局での研究が始まりました。そして2004年,それまで当科に入院した一連の89例の脳炎患者を解析し,「昏睡で人工呼吸器を装着していても2年,3年と経過を追うと徐々に良くなる,従来知られている脳炎とは異なる特徴を持ち,抗NMDAR受容体抗体に関連する,若い女性に発症頻度が高い急性非ヘルペス性脳炎」として日本学術会議主催のシンポジウムで発表しました。それから3年後,アメリカでの報告により,同じ症例が卵巣奇形腫を合併していることが明らかになります。以来,この脳炎が疑われた場合,まず腹部をみてMRIやCT検査を行ない,卵巣奇形腫があれば外科的切除を考慮する,産婦人科との連携も行なわれるようになりました。

最初は発熱や頭痛という風邪のような症状からはじまり,数日すると不安感や幻覚,妄想など精神症状が出てきます。やがてけいれんや意識障害がみられ,昏睡状態になってしまう。多くの方は呼吸停止してしまうので,人工呼吸器を装着します。昏睡であっても不随意運動といって,勝手に手足や顔面が異常に動いてしまう症状や痙攣が重責状態で続き,まるで悪魔に取り付かれたように見えて,そばで看病している両親はとてもつらいと思います。この昏睡状態や不随意運動・痙攣は長く続くこともあるのですが,徐々によくなり目覚める。私が診た患者さんは,2年半の昏睡から意識が戻りました。ご家族もうれしいでしょうし,これまでの経過をずっと診ている私も感慨深い。この患者さんはその後知能も回復し,いまではきちんとお仕事をしておられますし,車の運転もできています。神経内科医になって本当によかったなと思う瞬間です。

最近の研究では,映画「エクソシスト」の原作モデルとなった患者の臨床像がこの疾患の症状そのものと指摘されています。つまり昔,祈祷師が祈った病気が,いまでは神経内科医が集中治療する病気となってきています。このように,脳炎や髄膜炎では適切な治療しますときちんと回復します。研修医などは,感激でいっぱいになり涙することもあります。毎朝「○○さん」と声をかけても,いつも無反応だった患者さんが,突然目を開けて「おはよう」と返してくるのですから。

急性期はわずかな時間も目が離せないので,医師が24時間ベッドにはり付いて治療が行なわれます。例えば血圧では,自律神経の障害で200に上がったと思えば50まで下がり,また200に上がるという急激な変動が起きてしまう。これを医師が,点滴の微調整でコントロールしていくのです。けいれんを止める場合は,ふつうの抗けいれん剤が効かないため,人工呼吸器をつけ全身麻酔をして抑えていく。卵巣奇形腫の切除も行なわれます。そして免疫治療や,細かな全身管理を続けていくうち,ゆっくりゆっくり時間をかけて治ってくるのです。長い闘いになりますが,急性期を乗り超えられれば,あとは概ね良好に推移します。退院後はリハビリを重ね,就職するなど,社会復帰されている患者さんがほとんどです。またアメリカで同症例の死亡率は約5%と報告されていますが,当科でこれまでの死亡例は0%です。

患者さんのご家族にわかってもらいたいこと

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抗NMDAR脳炎も重症な脳炎や髄膜炎の場合も,急性期の2~3日間,医師はずっと付きっきりです。何度かの重篤な状態を乗り越えていくうちに,ご家族と医師はまるで戦友のような関係になっていきます。ご家族の不安を少しでも和らげたいので,いつでも疑問に答えて病状を分かりやすくお話しますし,ときに励まし合うこともあります。でも,救急車で運ばれてきた最初のときは患者さんの様子を次々に事務的に聞いていくだけで,「なんて冷たい医者だろう!」と,思われるかもしれません。そう思われてしまうのも,実は患者さんを助けたいからなのです。どんな状態だったのかを聞き出し,1秒でも早く適切な治療を行なわないと,命にかかわってしまう。最初が勝負なのです。緊急事態に限っては印象の悪い医者かもしれないけれど,本当はご家族と同じ気持ちでいることを分かってください。

いつまでも情熱をもって,医療を行なっていきたい

「神経内科の医局の雰囲気は最高ですね。でも,難しそうで敷居が高いです」と,正直な学生に言われることがありまして(笑)。脳や神経を診るのは難しいという,先入観があるのかもしれません。でも,実際は面白いし,やりがいを感じる分野なんですよ。ほかの医師には治せない病気を治すこともできるし,私たちの医局だからこそ治せたという誇りもある。口にこそしませんが,医局員みんなが心の中で思っていることです。医局の上下関係も,医療ドラマに出てくるような,教授の言うことは絶対逆らえない雰囲気はなく,むしろその逆なんです。「僕が間違っていると思うところは遠慮なく言ってくれ」と。それが患者さんのためになる事ですから。若い医師に「亀井先生,それは違っていませんか?」と言われたとき,私は自分の中でフェアに判断して「どうだろう?」と考えるようにしています。これもOne for all.All for oneです。

いまも土日に大学にきて研究するのですが,医師になったばかりの頃も,12月31日の除夜の鐘を一人で電子顕微鏡をのぞきながら聞いたことがありました。亡くなった患者さんに対して治せなかったとの心からの自責の念,今苦しんでいる患者さんやこれからの患者さんにも,たとえわずかでも自分の研究が生かされればと思って取り組んできました。いまの医局の若い医師も同じ気持ちだと思います。たとえば,私が以前やったことのある仕事を後進の若い先生にやってくれない?とお願いすることがあります。自分が以前にその仕事をやって,相当な時間をかけないと出来ず,本当に辛かったことを承知で頼みます。しかし,彼らは,私が想定した以上のすばらしいものを仕上げてきます。彼らも同じ情熱をもって一生懸命やっているんです。医学は生涯教育です。学生や若い医師とともに,私自身が今後も経験を重ねながら,彼らと一緒に仕事をして,One for all.All for one.の中で良き後進の医師を育てていくことが,私がやるべきことだと考えています。私自身が先輩方から受け継いだ,ロマンとプライドを未来永劫ずっと伝え続けるためにも。

(2011年11月30日 取材)

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