インタビュー

古阪 徹 医師

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がん治療を通じて,社会の幸福に貢献したい。

インタビュー 古阪 徹(ふるさか とおる)
耳鼻咽喉科 科長
1982年日本大学大学院医学研究科 修了
日本耳鼻咽喉科学会専門医 日本がん治療認定医機構教育医 日本頭頸部外科学会頭頸部がん指導医 日本気管食道科学会専門医 日本医師会認定産業医 日本癌治療学会臨床試験登録医 日本医師会認定健康増進スポーツ医
耳鼻咽喉・頭頸部外科学分野 准教授
東京農工大学獣医分子病態治療学 客員教授

がん患者さんの最大の情報源となり,ともに最善の治療方法を考える

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がんの宣告をされたとします。本人はもちろんご家族にとっても大変につらい瞬間です。しかし,そこからがんの治療はスタートしています。私は告知をする際に,必ず患者さんと生活を共にしているご家族にも同席していただき,全員にお話をします。同じ時間と空間の中で,私の口から聞いてもらう。病状を説明して,治療方針を決めるまで,1時間以上かけて話します。がんを知らされるのは,大変なショックで,あとで聞くと,ほとんどの患者さんが,そのときの私の話を覚えていないと言います。同席した家族がメモをとっていたから,それを見て,聞いて,やっと話の内容が分かったという方が多い。

がんは家族の問題でもあります。がんになって初めて家族と心から話し合えた,家族の絆が深まったという患者さんもいます。治療にあたっては,がんを家族みんなで考える事が必要になります。いちばん大切なことは,私と患者さん,そしてご家族がいっしょになって治療方針を考えていくことです。患者さんの価値観はそれぞれ違いますが,最善の治療方法を選択したい気持ちはみな同じです。私はそれに対して,患者さんやご家族に納得してもらえるよう説明を尽くします。

例えば喉頭や咽頭がんの手術の結果により声を失う可能性が高いと説明すると,「声がなくなるのは絶対に嫌だ。違う治療法を考えて欲しい」という方もいますし,「声を失っても,とにかく悪いところを全部取ってしまいたい」という方など,治療率の高さばかりが問題ではないようで,何が一番大事なのかは人さまざまです。生活の質,Quality of Lifeを考えての最善な治療方法や,命を守るための最善な治療方法にも,いろいろなメリットやリスクがあります。それらを十分に話したうえで,最終的に患者さんに治療方法を決定していただいている。

「効果的な治療をするためは,治療の道筋・計画を立てることが大事です。それをこれからいっしょに考えていきましょう」と患者さんに語りかけますが,ここから治療は始まっていくのです。

機能障害との戦いになる「頭頸部がん」

当科で私は頭頸部がんを専門に診療しています。病院の看板には耳鼻咽喉科としか出ていませんが,医学部では耳鼻咽喉・頭頸部外科学となっています。 この頭頸部とは,頭蓋骨の下から鎖骨の上までの範囲のこと。頭頸部外科では,脳と眼球を除いた,口・咽喉(のど)・頸部(くび)・耳・鼻などにできるがんを扱っています。

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医学は病気をみますが,医療は人をみます。私が専門とする領域は,医療面でも非常に重みがあるところです。

頭頸部がんは,日本で年間約2万人が発症する6番目に多いがんで,生存率は約50%ほどです。ただし,生存率と引き換えに,多くの機能障害が残ってしまいます。頭頸部は,食べたり話したり,匂いをかいだり,音を聞いたりなど,人間が生活していくうえで重要な役割をもっている器官が集まっています。ここにできたがんを治療すると,これらの機能を犠牲にしなければならない。「内臓は切っても,喉だけは切ってほしくない」とよく言われるのも当然です。胃を切ったあとは想像できても,喉を切った自分は想像ができないし,仕事を失ってしまうかもしれないという恐さがあるのです。高名なプロ野球の監督は胃の摘出手術をされてから,食事の回数が増えるなどの不自由はありますが,今も元気に仕事をされています。しかし,喉の機能を取ったスポーツ選手や芸能人を,テレビで見ることはありません。外出先で食事ができない,話せないので意思の伝達に困る,顔の形など見た目も変わりますので,外出も控えるようになりがちで,職業や,あるいは夢や生き方も変えざるを得ない場合もあります。疾患自体も生命にかかわるのですが,後遺症でも社会生活で大きなハンディを負うことになります。頭頸部領域とは,人間が人間として生きていくのに必要なところ,社会の窓口といえる言える領域です。

それに伴う精神的な問題もありますから,ほとんどの方がうつ状態になってしまいます。アメリカでは1980年以降,頭頸部がんに対する“がん精神医学”が発達していますが,日本でも今ようやく,精神科でがんの患者さんを扱う“精神腫瘍学”が増えてきたところです。

機能・臓器を温存し生存率を高める「超選択的動注化学・放射線療法」

頭頸部のがん治療は,これまで手術を中心に,抗がん剤や放射線治療を併用して行なわれてきました。でも,器官を取り除いて再建手術を行なうと,やはり容貌が不完全になってしまう。ならば,器官を残せば機能が保たれるのは自明なわけで,大きな後遺症をなくし,治療後も快適に過ごせる新しい治療法が生まれてきました。「超選択的動注化学・放射線療法」という,足の付け根の大腿動脈から細いカテーテルを入れて,原発巣に抗がん剤を直接注入する方法です。放射線治療も併用します。抗がん剤は局所に注入できるので,高い効果が期待できます。抗がん剤治療はつらいというイメージがあるかもしれませんが,あらかじめ予想される副作用に対しての対策も治療と同時に行なうので,実際にはそれほどつらくないと思います。

頭頸部のがんは,死亡原因の3分の1が原発巣によるものです。この治療法により,原発巣に対する手術の割合が約80%減り,機能を温存することが可能となりました。これまでの原発巣を手術で全部とる場合では,術後は機能障害との戦いになりますが,この治療法だと,腕を上げづらい,肩がこる程度ですむので,後遺症の出方が明らかに違ってきます。この手技は1992年にアメリカで開発されたものですが,当初より私はその治療法に接して以来,治療のポイントとなる注入する3つの薬の組み合わせを研究し,2000年頃からそれを用いるようになりました。効果が高く,現在はヨーロッパやアメリカでも,私が開発した薬の組み合わせが使われています。

がんの原発巣となった器官を残すこの治療法で,頭頸部の機能が温存されるだけでなく,5年生存率でも高い治療成績をあげています。また,咽頭を残す手術を含めた件数は,日本で最も多い症例数です。

がん患者,社会のために私が取り組みたいこと

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最近,がん難民という言葉を聞かれると思います。明確な定義はないのですが,患者さんやご家族が,納得できる治療方法や病院を探しあぐねているのです。特に頭頸部がんの診療科では,がん難民が多いと思います。頭頸部がんの資格を持つ医師が全国に250人しかいないのも原因かもしれません。患者さんはインターネットや本などを見て,必死になって調べるんですね。でも調べれば調べるほど,分からなくなってくる。たくさんの情報を仕入れても,取捨選択や情報の処理ができないのです。

例えば「免疫療法で治る」と,書かれている本もありますが,確実な効果があったという研究は,まだひとつもありません。

そんながん難民の対策として,患者さんに対して医療側からの体制づくりをやっていかなければと思っています。治療法,心のケア,治療費や保険,仕事の悩みなど,がんになった・がんを乗り越えた患者さんが,安心して相談に行ける場所が必要です。病院と患者さんの間に位置して,的確な情報を提供する機関をつくりたいと思っています。がんは急性期だけでなく,発症する前から亡くなるまで,ありつづけます。患者さんたちがその間,人間らしい生活を送っていく,病前と変わらぬ生活を送れるようにするサポート体制がぜひとも必要です。そのような手伝いを私はしたいと常々考え,その方法を模索しています。

また,子どもたちにがんについて教えることも必要だと思います。今,自転車の交通ルールが問題になっていますね。「信号無視やスピードの出しすぎ,傘差し運転はいけません」,それと同じように簡単なことでいいのです。「今はがんで亡くなる人がいちばん多いんだ。君たちだって,大人になってがんになることもある。でも,かかりにくくする予防法もある。煙草を吸わない,お酒を大量に飲まないことなんだよ」と。また,子宮頸がんのように,性交渉によってウイルス感染するがんがあることを,性教育で教えてもいいでしょう。「がん=死」と捉え,子どもに教えることをタブー視する風潮もありますが,私は間違っていると思います。知ることで,身を守ることができるからです。

子宮頸がん予防のために,女児にヒトパピローマウイルスのワクチンが接種できるようになりました。実は中咽頭がんの50%以上が,同じヒトパピローマウイルスが原因でなるんです。ホモセクシャルに多く,男女の性交渉によっても感染するという捉え方もありますから,ほんとうは男児に対しても同じワクチンを接種しても良いという意見もあります。がんになって治療するよりも,がんになるのをなるべく避けたほうがいいのですから。

人々が幸せになれる医学・医療を目指して

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ほとんどの頭頸部がんは,ヒトパピローマウイルスやEBウイルスを別にすれば,煙草とアルコールが影響してきます。煙草とお酒を好まれる方はリスクが高いので,気をつけなくてはいけません。定期検診による早期発見は大事なことですが,残念ながら頭頸部のがんではそのシステムがほとんどないのが現状です。頭頸部は,一般的ながん検診の内容に含まれていません。ですから,自分で喉を触ってみてしこりができた,腫れているなど気になったらかかりつけの先生でもいいので,診てもらってください。咽頭をみる検査に,ファイバースコープがあります。簡単な検査で,鼻から細い管を入れ,モニターを使って直接観察していくものです。頭頸部のがんを腫瘍マーカーで早期に発見することは難しいのですが,ファイバースコープでは比較的小さいものも見つけられます。

アメリカでは1971年に「米国がん法」ができて以来,発症率が下がっています。早期発見,検診率が高まったためです。日本でも「がん対策基本法」が平成18年にでき,板橋病院も地域のがん拠点病院に指定されました。アメリカの例で分かるように,がんは啓蒙活動やさまざまな対策によって死亡率の低い病気になっていきます。2020年には日本で45万人ががんで亡くなると予測されています。でも,がん予防をもっと推進したり,検診の質が向上すれば,今の子どもたちががん年齢になる頃には,発症率が下がっているかもしれません。

医学を含めた全ての科学は,社会に還元されるべきだと思います。それは来年でも,100年後でもいい。私は医学や医療をさせてもらっていますが,これは人のため,社会に貢献されてはじめて結実するものだと思っています。途中までは自分のための勉強でしたが,ある程度になったら社会のためにする。自分のためにだけやっていたら何も残らないからです。

私の願いは,「がん治療を通じて,社会の幸福に貢献する」こと。これに尽きます。

(2011年12月16日 取材)

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