RUGBY 10則
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Ruger Man is a Gentleman
Always on Move
Always on the ball
With Anticipation
Without Hesitation
☆ 極意 < 無 >
要点への戦力集中
Attack is the best Form of Defence
Tackle is the best Form of Attack
Better Side Won
心 構
プレイ
プレイ
プレイ
プレイ
戦 術
戦 術
戦 術
戦 術
反 省
☆ “ 球心身の一致 ”
この10則は昭和50年代初頭に監督をされていた斉藤次彦先生(37回卒)が当時の学生達に名刺サイズに印刷されくばってくださったものです。
我々日本大学医学部ラグビー部の信念と理解しております。
日大医学部ラグビー部の歴史(概略)
日大医学部ラグビー部70年の歴史を考える時大きな壁は、参考となる資料が極めて少ないことである。特に戦前の記録は皆無といってよい状態である。
ここでは私の手元にある写真、新聞、雑誌の記事などを載せて部の足跡を辿ってみたいと思う。
(※創部70周年記念誌2002.5発刊(p35〜p43)加部吉男(33回生)の原稿より一部抜粋し、掲載)
■1932年 創部
初代キャプテン
東 一夫
創部時メンバー
石塚 玄,内海 明,高島 博,松井卓爾,森 英俊,東 秀夫,仲井公輔,畠中 靖,村岡 純,山田美弥雄,斎藤三彦,長尾正,笠茂雅彦,小森正治,中西良孝,水谷春彦,村井正武,吉川康雄の諸氏
■戦前から戦中にかけて7回の医歯薬リーグが開催された記録があるが詳細は不明。
■1942年
優勝カップを前に部長佐藤久教授を囲んだラグビー部の面々。三宅史郎先生ご提供(後列中央)。木村愛雄、村上晃、北村信雄、佐和方元などの諸先輩も写っている。太刀川善弥先輩も入っている筈だが確認できない。
■1963年
岩手遠征対岩手ドクタークラブ戦(岩手日報)
■1948年
戦後は天王寺中学でセンターをやっていた上田正憲先輩が核になって、加部清一、西山 成、葉梨 惰、世桝克巳、浜昭祐先輩等がラグビーを始めたが、メンバーが集まらずなかなかゲームが出来なかったそうである。しかし、上田先輩の元のチームメートがいたオール日大と一緒に練習し、加部先輩はレギュラーとしてフロントローを務めたが、医学部の講義と両立せず、ごく短期間で止めたそうである。
■1953年
医歯薬リーグ再開。戦後第1回、通算第8回の参加校は日大医学部、慈恵医大、東邦医大、昭和医大の4校であった。その後東京薬科大学が加わり、5校で長く続いた。産経時事新聞が後援をしてカップを寄贈してくれた。
■1982年
9月18日 新生日本大学医学部ラグビー部OB会発足
加部吉男(33回) 初代OB会会長就任
■1989年
岸谷 勲(37回) 二代目OB会会長就任
■1991年
日本大学医学部ラグビー部60周年記念会開催
七回生、故東一夫先生が在学中に創られたラグビー部はこの年還暦を迎えることになり、その記念式典が5月25日日本大学会館にて盛大に挙行された。
■1995年
太田 洋(29回) 三代目OB会会長就任
■1999年
三部で優勝18年ぶりに二部に復帰決定。
この年以前は三部四部を行ったりきたりであった。
■2000年
二部で二位,入れ替え戦千葉大に16-6で勝利一部へ昇格。
■2002年
創部70周年会開催(5月)、記念誌作成。
三共メディカル7プレート準優勝。
医歯薬リーグ一部5位、慶応大学に0‐13で破れ二部に降格。
■2003年
三共メディカル7カップ優勝。
■2004年
三共メディカル7カップ準優勝。
関東医歯薬リーグ戦二部二位次年度より一部復帰。
■2005年
三共メディカル7カップ準優勝。
関東医歯薬リーグ戦一部二位。
■2006年
第一三共メディカル7 カップ優勝。
関東医歯薬リーグ戦一部二位。
■2007年
斉藤次彦(37回) 四代目OB会会長就任
■2007年 主将:中澤良太
斉藤次彦(37回) 四代目OB会会長就任
第50回東日本医科学生体育大会:三位入賞
関東医歯薬大学ラグビー一部リーグ:三位
(2008.10.12)
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