高山 忠利



はじめに
ミロのビーナス、名刺、A4用紙、ハイビジョンテレビ、これらに共通しているものは? 『1:1.62』、短径:長径のバランス --- これが黄金率(Golden proportion)である。 人間が最も美しい・心地よいと感じる魔法の比率。
実は、これと同じ様なコンセプトが、我々外科医が作成する学会や論文の『抄録(Abstract)』にも存在するのである。 バランスの崩れた構成の抄録を、査読者(Referee or Reviewer)は不快に感じるのである。 たとえ良い知見が含まれた内容であっても、黄金率を無視した抄録を一流学会・一流雑誌は相手にしない。 そこで、抄録作成におけるお作法『高山ルール』を紹介し、アクセプト率の向上に供したい。

1.学会抄録の何が問題点か?
 学会発表では抄録が唯一の評価材料であるにもかかわらず、いい加減な抄録が数多く投稿されている。 私の経験上、日本人の書く抄録の問題点は3つに大別される、1:冗長である(redundant)、2:結論を導くデーターが無い(data-less)、3:趣旨が一貫しない(inconsistent)。
 具体的に示すと、1:一見して冗長な抄録は、読まなくても、その中身の貧弱さが推測される。 客観事実が乏しいので、言葉を弄して、見かけを嵩上げしているだけのことが多い。 例えば、400字までの抄録作成を指示されたら、多くの投稿者は可能な限りこの長さにこだわる。 これはナンセンス、至適な長さはその80%程度にすべきだ(抄録の下に3行程度の余白がでる位が丁度よい)。2:結論がとても素晴らしい抄録もある。 しかし、その結論を導くデーターが全く無いという、誇大妄想的な論理の飛躍もしばしば目に付く。 専門家が見て息を呑むような結語と、それを言い切るのに値するデーターの提示、このような抄録は日本の学会では100本中1本あるかないかである。3:趣旨が一貫しないとは、『自己矛盾』している抄録を指す。 実はこのケースがとても多いのである、最悪の抄録である。 例えば、或る臨床研究「肝癌の切除でA術式とB術式を比較した」という目的を立てたら、その結語は3つしか存在しないはず、「A術式が優れている」「B術式が優れている」「A術式とB術式には有意差がない」。 良く見る悪いケースは、「C術式を考慮すべきだ」(C術式は本文中のどこにも出てこないのに)、「D抗がん剤を併用すべきだ」(なぜ抗がん剤なの、という感じ)、「E因子が予後因子である」(テーマのすり替え)、「さらに症例を増やしフォローを長く」(言わずもがな、蛇足)、このような論理矛盾に遭遇すると悲しくなる。
 以上の3大問題点のどれにも当て嵌まらない抄録は、それだけで相当に質の良い抄録であるし、今後当科から提出される抄録はこの点を十分に推敲して欲しい。

2.学会抄録の黄金率
 現在、学会抄録の査読(Peer review)を数多く依頼されている。 実は、原稿の全てを精読しなくても、その優劣は一見して判別できる。 大きな学会では、1つのシンポジウムに対して30?50本の抄録が提出されてくるので、多忙な中で短時間のうちに優劣を決定するのは、容易ではない。 そこで、私は内容を読む前に、先ずその構成に注目している。
 学会抄録の構成における黄金率とは、『目的:方法:結果:結語』=『2:3:4:1』である。 これは、私が長年にわたって試行錯誤した経験の教えるルールである。 全体のイメージとしては、目的を簡潔にまとめ、方法は結果を導き出すのに最小限の内容に限定し、結果は結語を導き出すのに十分なデーターに限定し、結語は一文で言い切る。 つまり、4つの項目が各々に連動した構成になっており、その流れに少しでも矛盾や誤謬があってはならない。 この黄金率とは、短編小説(志賀直哉、芥川龍之介など)の『起・承・転・結』に相当する概念であると思っており、俯瞰すると最も美しいと私は感じている。 
 次に、抄録の書き方ABCを示す、
 (1)目的: 簡潔に記載された目的がよい。 その内容はどんな発表であっても、未だ答えの無い新しいテーマでなければならない(二番煎じはダメ)。 また、1研究1目的が原則である。 目的が複数あるのは、主張を散漫にする最大の原因だからだ。 目的が2つあれば、発表も2回に分けるべきである。 この項目に、誰もが知っている背景を書いてはいけない。 背景がクドクド書かれた抄録は、往々にして目的が何なのかがはっきりしないことが多い。 
 (2)方法:外科臨床研究なら、症例・適応・術式・解析が不可欠な項目である。 これらを結果の中に記載している抄録があるが、それは読みにくい。 また、必ずしも必要でない方法を網羅することは避けるできである。
 (3)結果:この項目が抄録の本体である。 まずは陽性所見(positive data)を客観数字で示す、スペースに余裕があれば陰性所見(negative data)を追加してもよい。 この際、群間比較のデーターならば必ずP値を付けなくてはならない。 悪い例として、客観数字を一切示さず、文書でその結果が書かれた抄録があるが、それは良く見る過ちである。 とにかく客観的にデーターのみを示す、主観的記載を一切排除することが肝要である。
 (4)結語:言い切る結語がよい。 そのためには、1文で書き切る(決して2文以上にしない!)。 文字数は1語でも少ないほうがよい。 その内容は、今回の目的に完璧に沿った一貫性のあるものでなければならない、つまり『起と結』に矛盾があってはならない。

3.論文抄録はなぜ重要なのか?
 2001年から腫瘍学の国際雑誌でドイツに事務局のある Journal of Cancer Research and Clinical Oncology(IF=2.47)のEditorを担当している。 世界各国から投稿された数多くの論文を、先ずEditorとして専門家の査読に回すべきか否かを即断する業務がある(in-house review)。 この際、私は先ずその抄録をじっくり吟味する。 抄録の質が悪い論文では、全文を見る気がしない。 抄録は全文のエッセンスであり、その良し悪しと、全体の質とは見事に一致するからだ。 論文全体の中で抄録の占める意義がとても大きいことを、投稿者は是非知っておくべきだ。
 論文の作成順番は、1:緒言(Introduction)、2:方法(Materials and methods)、3:結果(Results)(図、表を含める)、4:引用文献(References)、5:考察(Discussion)、6:表紙(Title page)、7:抄録(Abstract)、この順序で書き進めるのが最も効率が良い。 抄録を最後に書くという意味合いは、この項目が論文採否にとって極めて重要であり、論文作成の最終段階で念には念を入れて書くということである。
 論文抄録も、前記の学会抄録と同様に、その長さは『目的:方法:結果:結語』=『2:3:4:1』が黄金率である。 ただし、論文抄録では字数制限がやや緩やかなので、学会抄録とは異なり、方法と結果の部分を膨らませてもよい。 一方、目的と結語は決して長くしてはいけない、各々1〜2文で言い切るべきだからだ。 もし字数に余裕があれば、目的の前半に背景を1〜2行挿入することもある。 次に、その一例を示す。

4.美しい論文抄録の見本
 自画自賛ではなく、Takayama T. et al. Lancet 2000;356:802-807(IF=25.80)、この論文抄録は一見して美しい(資料1)。 構成に関して黄金率を踏んでいるからだ! 字数制限300字に対して、259字(上限の86%)でまとめてあり、その内訳は以下である。
 (1)Background(= Aim) 5行(33語) (13%)
 (2) Methods 9行(63語) (24%)
 (3)Findings(= Results) 15行(144語)(56%)
 (4)Interpretation(= Conclusions) 3行(19語) (7%)
 単純に4項目の比率を見ると、『目的:方法:結果:結語』=『2:3:6:1』となっている。 結果の部分が相対的に長くなっているが、これは学会発表とは異なり、原著論文ではより多くのデーターを示す必要があるからである。 内容のポイントを以下に示す。
 1:Backgroundでは、背景を3行、目的を2行(We assessed whether postoperative immunotherapy could lower the frequency of recurrence.)で簡潔に示してあり、一切の修飾語を省いている。
 2: Methodsでは、本研究がRCTであり、研究デザイン上重要度の高い6項目を厳選している。 例えば、期間(Between 1992 and 1995)、症例数(150 patients)、割付(immunotherapy, n=76 vs. no adjuvant, n=74)、介入法(Autologous lymphocytes, infused five times)、主要エンドポイント(recurrence-free survival)、解析(intention to treat)である。
 3:Findingsでは、治療内容を4行(コンプライアンス、細胞フェノタイプ、副作用)、主要エンドポイントの結果を9行(再発の頻度、リスク、recurrence-free survival)、副次エンドポイントの結果を2行(disease-specific survival、overall survival)でまとめてある。 この中では、全てのデーターは数字をもって示してある。 通常では、『平均値(中央値)、SD(range)、p値』がデーター提示における三種の神器であるが、一流誌ではさらに平均値の95%CI(confidence interval)が必ず要求される。
 4:Interpretationでは、主要エンドポイントに関する成果のみを、1文3行で示している。 結語に用いた言葉に対しては、必ずその根拠になるべきデーターがFindingsに中に入っていなければならない。 例えば、Adoptive immunotherapy is a safe(その根拠として:none had grade 3 or 4 adverse events), feasible(根拠:received 370 of 380 scheduled ---) treatment that can lower recurrence(根拠:decreased the frequency of recurrence by 18%) and improve recurrence-free outcomes(根拠:48%〔37-59〕vs 33% 〔22-43〕at 3 years; p=0.008) after surgery for HCC. つまり、結語の中に、根拠の無いプロパガンダ的な言葉を使うことは厳に戒めなければならない。

おわりに
 抄録作成の『高山ルール』とは、
          『目的:方法:結果:結語』=『2:3:4:1』
--- これが抄録の黄金率である。 内容的には、短編小説に見られる『起・承・転・結』の如くストーリー性があって、自己矛盾のないことが肝要である。 査読者は、この構成で作成された抄録を、最も美しい・心地よいと感じ、ついアクセプトしたくなるのだ。 もちろん、中身の優秀さが最重要であることは論を待たないが、外見の見映えも同じくらい重要であることを肝に銘じて欲しい。
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資料1 Lancet論文(2000;356:802-807)の抄録
肝癌術後補助療法としての養子免疫療法の有効性をRCTを用いて実証した