教室のあゆみ
(1) 1946年8月-1973年3月 初代 若林 修 主任教授
日本大学医学部板橋病院の外科学講座として開設された。小児外科、消化器外科、脳神経外科などあらゆる外科疾患を対象とした診療が行われた。特に1957年若林教授が海外視察から帰朝されて、本邦で先天性食道閉鎖の手術に初めて成功し、その後わが国屈指の小児外科の教室として発展した。
(2) 1973年2月-1992年3月 二代 森田 建 主任教授
若林教授のもとで小児外科を発展させた森田教授は教授就任後は一般消化器外科、小児外科の両面を発展させ、成人の外科では肝門脈外科(門脈圧亢進症、肝臓癌)、腫瘍外科(特に癌の免疫療法)を中心に、また小児外科では周術期の管理、栄養、腫瘍の臨床的研究に力を注いだ。
(3) 1992年6月-1997年1月 三代 黒須 康彦 主任教授
森田教授の下で黒須教授は一貫して腫瘍免疫の研究を行い、本学で初めて養子免疫療法を行った。就任後は専門の腫瘍免疫、大腸の外科はもとより、広く一般消化器外科の腫瘍に関して系統的研究を進めた。基礎的研究として腫瘍、移植、手術侵襲、消化管機能等において分子生物学的手法を取り入れた研究、また遺伝子治療への道を開かれた。
(4) 1994年3月-1996年3月 岡部 郁夫 教授
若林、森田、黒須の3教授の下で約40年間に渡り小児外科を一貫して専任され、本学のみならず日本の小児外科学会の中心的存在であり、特に小児腫瘍の研究ではわが国有数の小児外科医であった。
(5) 1998年2月-2003年5月 四代 福澤 正洋 主任教授
大阪大学小児外科学教室から1998年2月に着任される。21世紀にむけて、新しい第一外科学教室を構築される。
(6) 2003年6月-
福澤教授は、母校である大阪大学へ。大学院医学系研究科小児外科学講座教授就任。日本大学医学部外科学外科1客員教授に就任。
(7)2004年3月31日
外科学講座診療科別再編成により、外科1部門を含め、外科2、3すべての部門が廃止となる。
(8)2004年4月1日より
外科学講座は消化器外科部門、乳腺内分泌外科部門、小児外科部門、心臓血管外科部門、呼吸器外科部門の5部門により構成され、外科1部門医局員もそれぞれ希望部門に移動となる。