Department of Pediatric Surgery, Nihon University School of Medicine


日本大学医学部外科学系小児・乳腺内分泌外科学分野
小児外科教授 越永従道



 日本大学小児外科の源は、1948年戦争で被災した日本大学医学部附属板橋病院で再び診療が再開された時に発足した若林外科学教室(主宰 若林 修教授)にあります。1951年に第一外科学教室となり、若林教授の専門である小児外科と一般消化器外科を中心に歩んで参りました。若林教授は欧米視察によりわが国の小児外科診療の遅れを痛感し、わが国における小児外科学発展の先駆者となられました。1960年には、若林 修、森田 建(当時講師)の両先生により本邦初の先天性食道閉鎖症の手術が成功いたしました。当時としては、点滴ルートひとつとるのに、新生児用の器具がまったくない状態で、静脈切開には改造したオリジナルの点滴用留置チューブを使用していたようです。1964年には、若林教授を初代会長として日本小児外科学会が設立されました。2013年は学会設立からちょうど50年目にあたります。
 日本大学小児外科に籍を置く医員は現在32名おります。板橋病院小児外科には非常勤2名を含め12名が働いてるほか、研究に専従している大学院学生が5名おります。各地の公立病院小児外科診療科を中心に出向している医員は15名になります。専門資格では、小児外科指導医が3名、小児外科専門医が10名おります。幸いなことにこの10年間に退局した医員はひとりもいません。


 私たちは、日本大学小児外科の理念を策定いたしました。私たちはいつもこの理念を生きたものとするため、毎年医局ワークショップを通じグループ討論の後、この理念を見直しています。

  • 日本大学小児外科の理念
  • 一.私たちは、「和」を大切にします。
  • 一.私たちは、歴史と伝統を重んじます。
  • 一.私たちは、志を共にし、互いに高め合います。
  • 一.私たちは、人間性溢れる人材を育成します。
  • 一.私たちは、高度な知識と技能を以て、困難な仕事に立ち向かいます。
  • 一.私たちは、臨床、研究、教育に邁進します。
  • 一.私たちは、病気のこどもたちを幸せにできるよう、努力を惜しみません。

策定 平成26年1月20日

 荀子の言葉に「君子の学は通の為に非ざるなり」という名句があります。君子とは徳が才を上回る人をさします。真に学ぶとは、単なる「知識、学歴、業績、資格を獲得すること」ではありません。ましては出世などのためでもありません。真に学ぶとは、病気の子どもたちはもちろんのこと、この世のすべての人々が苦しまず惑わず真に幸せになるため、社会に貢献することです。そのため私たちは、「守成の志」を持ち努力していく所存です。


初代教授 若林 修(1946-1973)

日本大学医学部附属板橋病院の外科学講座の開祖である。小児外科、消化器外科、脳神経外科などあらゆる外科疾患を対象とした診療を行った。1960年若林教授が本邦で初めて先天性食道閉鎖症の手術に成功し、その後日本小児外科学会第1回学術集会を開催するなど、我が国を代表する小児外科教室を作り上げた。

教授 森田 健(1973-1992)
一般消化器外科・小児外科の両面を発展させた。成人外科領域では肝・門脈外科(門亢症・肝癌など)、腫瘍外科(癌の免疫療法)を中心に研究を行い、小児外科領域では周術期管理・栄養・小児腫瘍の臨床研究に力を注いだ。


教授 黒須 康彦(1992-1997)
腫瘍免疫学,大腸外科など、広く一般消化器外科に関しての系統的研究を行った。基礎研究として腫瘍・移植・手術侵襲・消化管機能などに対し、いち早く分子生物学的手法を取り入れ、遺伝子治療などの道を開いた。


教授 岡部 郁夫(1994-1996)

小児外科を一貫して専任された。特に小児腫瘍の研究において我が国を代表する小児外科医であった。


教授 福澤 正洋(1998-2003)


21世紀に向けた新しい第一外科学教室を構築された。2003年からは母校の大阪大学小児外科教授に、そして大阪大学付属病院病院長に就任された。現在は大阪府立母子保険総合医療センター総長。

教授 草深 竹志(2006-2009)

2006年に当科教授に就任後,凄まじい程の情熱で現在の小児外科スタッフを鍛え育てた。自らも小児がんのスペシャリストとして臨床・研究を行った。