日大医学雑誌

ゲノム化学に基づく次世代医療としての
新規遺伝子制御薬 PI ポリアミドの開発

総説

著者

松田 裕之1, 2)  福田  昇1, 2)
1)日本大学大学院総合科学研究科生命科学専攻
2)日本大学医学部内科学系腎臓内分泌内科学分野

要旨

2003 年 4 月 14 日,国際ヒトゲノムプロジェクトによりヒトゲノム解読完了宣言がなされ,ヒトのゲノム配列に相当する DNA の塩基配列が明らかになり,21 世紀はポストゲノム時代に突入した.現在,解明されたヒトの設計図である塩基配列のゲノム情報解読が進められており,癌を中心に多くの疾病が DNA レベルで理解されるようになってきている.今後,ゲノム化学 (遺伝子情報だけでなくその発現型であるタンパク質を含む広い範囲の生物,生命学の分野において化学を応用する研究手法) に基づいたゲノム創薬,遺伝子治療への応用が今後の医療で大きく期待されている.ゲノム創薬とはヒトのゲノム情報を活用し,病気の原因を科学的に解明し,それを治療する医薬品を開発することであり,これまで病因となる特定の遺伝子の発現をコントロールする目的で,リボザイム,アンチセンス,siRNA (small interferingRNA) などの核酸医薬 (DNA, RNA がもつ生体高分子構造をもつ化学合成物質) が研究,開発されている.実際にウイルスゲノムを標的にした点眼薬や,吸入薬などは臨床応用段階にまで至っている.

我々はゲノム創薬という新しい夢の創薬手段を手に入れ,全ての病を克服できてしまうかのように感じるが,実際には病気の原因となる分子標的を同定し,薬を創るという過程においては 21 世紀前と大きく変わることはない.むしろ今までは,情報が少しずつしか手に入らなかったため,検討する分子標的もそれほど多くはなかった.しかし,全ての遺伝子情報が溢れかえるようになれば,一気に何千倍もの分子標的候補を我々は目にすることになる.全く役割も分からない理論上の膨大な分子標的の中から,いかに有効な標的分子とそれに対するリード化合物 (特定の病気の治療のために新規化合物群のなかから選ばれた医薬品の原石となる化合物) をだけ見つけ出せるのか,つまりこれからの創薬においてはゲノム情報を含む膨大な分子標的候補をいかに有効にゲノム創薬に結びつけていくかという絞り込みが重要になってくる.

本総説では,従来型の創薬とゲノム創薬との違い,開発の現状,問題点を概説し,生体外より特定の遺伝子の発現をコントロールできる pyrrole-imidazole polyamide(PI ポリアミド) の研究,創薬開発の具体例と有効性を示すことによりポストゲノム時代における創薬のひとつの方向性を示したい.

keyword

chemogenomics, nucleic acid medicine, gene silencing, pyrrole-imidazole polyamide
ゲノム化学,核酸医薬,遺伝子制御,PI ポリアミド