日大医学雑誌

VHL 遺伝子異常の有無による淡明細胞型腎細胞癌の
違いについて:包括的遺伝子発現解析による比較

原著

著者

五十嵐智博1, 2)  高橋  悟1)  江角真理子2)
1)日本大学医学部泌尿器科学講座
2)日本大学医学部病理学講座

要旨

 淡明細胞型腎細胞癌には VHL 遺伝子の異常を伴わない症例 (0 ヒット),片側対立遺伝子に異常のある症例 (1 ヒット),両側とも異常を示す症例 (2 ヒット) の3 種類が存在する.同じ腎細胞癌でも VHL 遺伝子異常の有無により癌としてのどのような違いがあるかを明らかにするために,マイクロアレイを用いた包括的遺伝子発現解析を行った.初期の腎細胞癌 (T1aN0M0) 症例で,0 ヒット 5 例,1 ヒット 9 例,2 ヒット 6 例を対象に,GeneChip Human Genome U133 Plus 2.0 array (ヒト遺伝子 54675 probe 搭載) を 20 枚用いて mRNA 発現解析を行った.その結果,発現量に 2 倍以上の有意差を認めた遺伝子 probes は 0 ヒット vs. 1 ヒットで 99 probes,0 ヒット vs. 2 ヒットで 72 probes,1 ヒット vs. 2 ヒットで 25 probes であった.VHL 遺伝子正常の 0 ヒット癌に特徴的な遺伝子発現変化を知るために,VHL 遺伝子正常群 (0 ヒット) と異常群 (1 と 2 ヒット) との比較を行った.その結果,VHL 遺伝子正常群の方で 2 倍以上の発現亢進は 37 probes,1/2 以下の発現低下は 19 probes であった.これらのうち 40 遺伝子をリアルタイム PCR を用いて発現定量解析したところ,各々 9 遺伝子が発現量に差のある遺伝子として検証された.VHL 遺伝子正常群で発現の亢進を認めた 9 遺伝子中 7 遺伝子は 3p 領域の遺伝子であり,VHL 遺伝子正常群で発現が低下していた 9 遺伝子中 6 遺伝子は 8p 11?21 の遺伝子であった.以上より,VHL 遺伝子正常腎細胞癌は VHL 遺伝子異常癌とは異なる遺伝子発現パターンを示すことが明らかとなった.VHL 遺伝子正常腎細胞癌では 8p 領域の遺伝子発現抑制が,VHL 遺伝子異常腎細胞癌では VHL 遺伝子を含む 3p領域の遺伝子発現抑制が特徴として見いだされた.本研究の結果,VHL 遺伝子正常腎細胞癌の発症には 8p 領域の癌抑制遺伝子が関与する可能性が示唆された.

keyword

Renal cell carcinoma, von Hippel-Lindau tumor suppressor gene, gene expression, microarray
腎細胞癌,von Hippel-Lindau 癌抑制遺伝子,遺伝子発現,マイクロアレイ