日大医学雑誌

人獣共通感染症訴訟と最近のペット事情

視点

著者

岩上 悦子  勝又 純俊  押田 茂實
日本大学医学部社会医学講座法医学部門

要旨

平成 17 年 11 月 2 日の毎日新聞に,「愛犬の家庭内順位は『 誰かより上』」 という記事が掲載された.これは花王の行った「 飼い主と愛犬の接し方」 調査の結果で,室内で犬を飼う首都圏・近畿圏の女性 795 人 (20~60 代)の約 9 割が,愛犬を家族の一員と考えていることが明らかにされた.このように,動物を家族の一員として人と同等 (あるいはそれ以上) の待遇で家の中に受入れ,食卓や寝室を共にする家庭が少なくない.このような生活環境では,いつ人と動物が人獣共通感染症を共有することになっても不思議ではない1).また,飼育方法について不勉強かつ無関心であるために管理の行き届かない飼主も多く,糞の放置や放し飼いによる咬傷などにより,動物を飼っていない人でも公園や路上などの公共の場で人獣共通感染症に感染する可能性もある.

一方,国内外では高病原性鳥インフルエンザ,西ナイル熱,Q 熱2),エキノコックス症等の新興・再興感染症の発生が相次いで報告されており,この中には人獣共通感染症が多く含まれている3).輸送手段が発達し人々の社会生活がグローバル化した現在,海外の感染症が瞬く間に国内に輸入される危険性も無視できない.

人獣共通感染症に罹患した場合,感染患者 (人) には医師が,感染動物には獣医師が対応する.そのため,両者間の連携がうまく行かないと,感染患者の診断が遅れ,症状が進行してしまうことがある.これが紛争に発展すると,通常の医療紛争と異なり, 患者と医師 (および医療スタッフ) の他に,動物には法的主体性が無いので感染動物の所有者と獣医師 (および獣医療スタッフ) が当事者となる.さらに場合によっては,その感染動物を販売したペットショップやブリーダー (繁殖家) などの関係者が複数存在することになる.本稿では,人獣共通感染症に関する実際の裁判では誰が責任を問われ,医師や獣医師には何が求められているのかを中心に概説する.

keyword

animal’s owner, pet, physician, veterinarian, zoonosis
飼主,ペット,医師,獣医師,人獣共通感染症