日大医学雑誌

チトクロム P450 1 ファミリーの生理機能と
環境疾患との関連性

総説

著者

宇野 茂之  槇島  誠
日本大学医学部生化学講座

はじめに

日本人の三大死因は,がん,脳卒中,および心臓病であるが,これらの発症には,加齢や遺伝的な要因だけでなく,生活習慣のゆがみ,すなわち現代人が陥りやすい不適切な食生活をはじめ,運動不足,過度の飲酒,喫煙,およびストレスなどが深く関与している.多くの疫学調査によってがんと環境因子との関連性が示されており,がんは代表的な環境疾患と言える.多環式芳香族炭化水素 (PAHs) は,ヒトへの重要な暴露源である大気汚染や喫煙,さらには過熱食品などに含まれており,肺がんや急性骨髄性白血病などの悪性腫瘍,そして虚血性心疾患や脳血管障害など少なくとも 36 種類の疾患の原因になると報告されている.喫煙に起因する疾患によって世界中で毎年 490 万人が死亡しているが (WHO 資料),PAHs は疾患誘導因子の一つと考えられる.PAHs の病原性は,そのものの毒性ではなく,ダイオキシン受容体(AhR) を介して誘導されるチトクロム P450 (CYP) 1 ファミリー酵素や抱合化酵素によってより毒性の強い化合物へ変換される代謝活性化が関わっていると考えられている.しかし,代謝活性化に関与する酵素,病原性代謝産物,それらによる毒性発現分子機構などは,まだ十分には解明されていない.PAHs は過熱調理食品であるハンバーガー,チーズの燻製などにも含まれており1, 2),欧米型食習慣においても PAHs の代謝活性化が生じている可能性がある.PAHs による CYP1 ファミリーの誘導が乳がん,肺がん,膀胱がん,前立腺がんなどの発症と関連すると報告されており3),代謝活性化によって形成された DNA 付加体が,がん遺伝子の発現や変異を誘導することによると考えられる4).動脈硬化や糖尿病の発症メカニズムにおいても AhR や CYP1 ファミリーの関与を示唆する報告があり5, 6),生体異物代謝系が生活習慣病の発症に広く関与していることを示している.本総説では,環境化学物質の代謝における CYP1 ファミリー酵素の役割と環境疾患との関連性について解説する.

keyword

cytochrome P450 1 (CYP1), xenobiotic metabolism, detoxication, metabolic activation, environmental
diseases
チトクロム P450 1 (CYP1),生体異物代謝,解毒,代謝活性化,環境疾患