日大医学雑誌

下部直腸癌手術における根治性や機能温存について

総説

著者

富田 凉一1, 2)  五十嵐誠悟2)
1)日本歯科大学歯学部外科学講座
2)日本大学医学部外科学講座小児外科部門

はじめに

画像診断技術の進歩による正確な術前診断,そして,手術手技では自動吻合器による double stapling 法や経肛門的結腸肛門手縫い吻合法の応用は,これまで歯状線から 0~2 cm 以内に腫瘍が存在し,腹会陰式直腸切断術(Milles 法) を余儀なくされていた下部直腸癌症例でも,自然肛門温術式の選択を可能とした1, 2).しかし,本邦では D3 リンパ節郭清という拡大リンパ節郭清が標準的手術であるため,リンパ節郭清に伴う神経系の切除・損傷,骨盤内手術操作に伴う残存すべき直腸や括約筋などの損傷を招き易い3).したがって,吻合部が肛門側に近づくほど anterior resection syndrome に代表される術後排便障害や,排尿・性機能障害を併発することになり,quality of life (QOL) を著しく低下させ,日常社会生活の制限から患者は精神的苦悩に悩まされることになる1~4).特に日常生活を制限する soiling (便や粘液で下着が汚染される minor incontinence) や incontinence (時や場所を選ばず無意識に排便される便失禁) の発現には,吻合部の高さ,リンパ節郭清程度,自律神経温存程度などが影響することが判明しており,各種直腸・肛門生理機能検査結果から肛門管静止圧低下,直腸 compliance 低下,肛門管知覚障害,吻合部口側腸管異常律動運動 (spasmus),吻合部口側腸管の輸送能低下,などが主たる原因として考えられている5).そこで,根治性と排便・排尿・性機能温存を兼ね備えた手術として,リンパ節郭清度を縮小した自律神経温存,新直腸として J 型結腸嚢を付加,などによる術後 QOL 向上を目指した術式が工夫され,市中病院でも受け入れられつつある.本論文では,下部直腸癌症例に対する根治性を維持し術後 QOL 向上を目的とした自然肛門温存手術について,残存直腸長,側方リンパ節郭清,自律神経温存術,新直腸として J 型結腸嚢作製,などを中心に概説する.

keyword

low anterior resection, length of residual rectum, lateral lymph adenectomy, autonomic nerve preservation,
Colonic J pouch
低位前方切除術,残存直腸長,側方リンパ節郭清,自律神経温存,J 型結腸嚢