日大医学雑誌

メタボリックシンドロームにおける
脂肪細胞の分子細胞生物学

総説

著者

大島 英敏  大塚 博雅  槇島  誠*
日本大学医学部 6 年生
*日本大学医学部生化学講座

はじめに

我が国の死亡統計において,脳血管障害と心血管病は全死亡の約 30%を占めている.生活習慣の欧米化および近代化に伴う飽食と運動不足によって生じる過栄養,その結果生じる動脈硬化が脳血管障害や心血管病の根底病変と考えられている.生活習慣による過栄養から動脈硬化へ至る過程の基盤病態をメタボリックシンドロームとして概念化し予防対策を確立するために,最近診断基準が提唱された (Fig. 1)1).メタボリックシンドロームとは,内臓脂肪 (腹腔内脂肪) 蓄積,インスリン抵抗性または耐糖能異常,動脈硬化惹起性リポ蛋白異常,血圧高値などを合併する心血管病易発症状態である.動脈硬化性病変のリスクファクターとして高コレステロール血症や高低密度リポ蛋白 (LDL) コレステロール血症が以前から知られており,HMG-CoA 還元酵素阻害薬を用いた大規模臨床研究により血清 LDL コレステロールを低下させることで心血管病変を予防できることが示されている2).しかし,動脈硬化性疾患のリスクファクターとして高コレステロール血症以外の要因も重要であることが,1980 年代の後半から注目されてきた.1988年に Reaven によって,インスリン抵抗性,耐糖能異常,高インスリン血症,高中性脂肪血症,高血圧を合併するシンドローム X が 3),また Kaplan によって,上半身肥満,耐糖能異常,高中性脂肪血症,高血圧を呈する死の四重奏 (deadly quartet) が提唱され4),いずれの症候群も心血管病変のハイリスクと関連するとされた.さらにDeFronzo らが同様の病態をインスリン抵抗性症候群と名付けたことから5),動脈硬化の発症要因としてインスリン抵抗性が注目された.当時はインスリン抵抗性の病態メカニズムに関して十分に理解されていなかったが,Kissebah らによる上半身肥満6),Bjorntorp らによる中心性肥満7),そして松澤らによる内臓肥満症候群など8) によって提唱されていた内臓脂肪を想定した肥満が,シンドローム X や死の四重奏などの原因病態として重要であることが次第に明らかになった.このような内臓脂肪蓄積を上流因子とするマルチプルリスクファクター症候群と,インスリン抵抗性を上流とするインスリン抵抗性症候群とを総括する概念がメタボリックシンドロームである1).近年の脂肪細胞の分子細胞生物学的研究によって,脂肪組織が単なるエネルギー貯蔵臓器ではなく,生体の恒常性の維持に関与する様々な生理活性物質を分泌する内分泌臓器であることが解明され,過栄養から肥満そしてメタボリックシンドローム,さらに動脈硬化に至る病態における脂肪組織の重要性が認識された.

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